天使の降りた場所(11) – ポツダム広場伝説は続く –

ポツダム広場のPark Kolonnadenにて(2006年3月12日)
ポツダム広場を巡る話も、ようやく現代にまでやってきた。
実を言うと私は、現代建築の実験場のような現在のポツダム広場にそれほど愛着を感じているわけではない(ついでに言うと、この周辺には手ごろな値段で楽しめる感じのいいカフェやレストランをほとんど知らない)。過去を賛美するばかりではないけれど、私がどうしても憧れてしまうのは、これまでご紹介してきたような文化が爛熟した戦前のポツダム広場だ。今回はそんな過去へのオマージュも若干込めながら、現代のポツダム広場をぶらりと巡ってみることにしよう。
まず、冒頭の写真をご覧いただきたい。今年の2月頃だろうか、ちょうど戦前のポツダム広場のことをいろいろ調べていた頃で、ある日の夜、私はこの周辺をぶらぶらしていた。もちろん戦前の面影など、どこを見渡しても残っていない。だが、ガラス張りの正面をイルミネーションが飾る、この丸みを帯びた建物を遠くからふと見ていた時、突然私の眼前に戦前のポツダム広場のある画が表出したのだ。
そうなのだった。家に帰ってすぐに調べてわかったのだが、イタリア人のジョルジョ・グラッシという人が設計したこのPark Kolonnadenという建物は、戦前のポツダム広場の象徴だった(そしてまさにそこに建っていた)Haus Vaterlandをモチーフにしているのだった。もちろん現代版は、ドイツ最大のレジャー施設だった「父なる国の家」と違ってただのオフィスビルなのだが、ややもすると少々無愛想な現代建築群があの「ポツダム広場伝説」とまだどこかでつながっているのを感じて、私はうれしくなった。
広場の中心には、1924年から1936年にかけてこの場所の交通を取り仕切っていた有名な信号機のレプリカが置かれている。この信号機が導入した「赤・黄・緑」の3色は、後に世界の信号機の標準として定着した。
広場北側の2つの対のビルは、1920年代のアメリカの高層ビルのスタイルを継承しているのだそうだ。左側のビルは、現在ホテル・リッツカールトン。
そのほぼ向かい、ハンス・コルホフ設計の高層ビルは、フリッツ・ラングの映画「メトロポリス」に出てくるビルを想起させる。夜にこの前を通ると、その印象は一層引き立つ。
そして、ポツダム広場に面したビル群の中で最も新しいこの雑居ビルは、1930年代のあのコロンブス・ハウスをイメージさせる(私の勝手な想像だが)。実際のコロンブス・ハウスはこの対角線上に建っていた。
この広場を歩いていて、これに気付く人はおそらくそういないと思うが、ドイツ鉄道(DB)本社ビルの入り口近くに、古びたSバーンの標識がガラス向こうにはめ込まれている。これは何だろう?
この標識はまさに歴史の証人だ。写真は1959年のポツダム広場の様子だが、おそらくこの中に写っているものと同一と思われる(後ろに見えるのはHaus Vaterlandの廃墟)。このSバーンの表示板は1939年から、何と1990年までひたすらここに立っていた。つまり、ポツダム広場の激動の変遷をずっと眺め続けてきたわけだ。ドイツ再統一後、一旦はニュルンベルクの鉄道博物館に移されそこに展示されたが、ドイツ鉄道の本社がポツダム広場に移転することが決まった後、再びかつての場所に戻って来た。
時代の証言と言えば、Erna-Berger-Straßeの奥には、壁があった時代の見張り台がポツンと佇んでいる(以前こちらでご紹介しました)。これほど寂しげに見える「物」もそうない。
「ベルリン・天使の詩」の内容とは大分ずれてきてしまったが、ポツダム広場を巡る話はここでひとまず終わりにしたい。20世紀の激動を経験したベルリン・ポツダム広場は、21世紀も新たな都市伝説の舞台となるのだろうか。



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10 Responses

  1. 楕円球
    楕円球 at · Reply

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    先月ベルリンを訪問し、このPotzdamer Platzにあるホテル"Madison"(最近資本が変わったのか、Mandalaと変わりましたが)に宿泊しました。この界隈の発展は本当にめを見張るものがありますね。前回の訪問は1998年で、まさに廃墟・魔窟という表現がぴったりだったのですが。今回の記事、とても興味深く拝読しました。ありがとうございました。

  2. la_vera_storia
    la_vera_storia at · Reply

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    中央駅さんはLaurenz Demps氏と話されたことはおありでしょうか? あるいはお会いにならないまでも、この方の書いた本を読まれたことがありますでしょうか? 中央駅さんの「ポツダム広場伝説」を非常に興味深く読ませていただきましたが、こういう「ベルリン史探訪」路線(それはそのまま私自身の最大の興味でもあるのですが)を深めたいとお考えでしたら、是非Demps氏となにかの機会に是非会われる機会を持たれることをお勧めします(焼きそうせいじさんはDemps氏と面識はありますか?)。この方の連絡先はネット上で公開されていますが、あえてそのページはリンクしません。

  3. MOTZ
    MOTZ at · Reply

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    Park Kolonnadenのお話を教えていただいて
    今までの「東京みたいで面白みがない風景」という
    ポツダマープラッツの印象が変わりました。
    前のコメントにも書きましたがこういった数々の
    歴史の証拠写真を手に、そして年代物の古地図を片手に
    散歩できたら一層楽しめますね。

  4. hiro_hrkz
    hiro_hrkz at · Reply

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    2年前、ベルリンに行った際、かつてこの街が東西に分裂していた場所ということを最も感じたのが、この場所でした。
    Sバーンの駅構内にあった地下商店街?の廃墟、一方でソニーセンター等の新しいビル、旧東側のビルなど、時間の動きが狂ってしまっていると思ったものです。今回、過去の写真を連続的に見ることで、この場所にはやはり栄枯盛衰が沁み込んでいることを改めて思いました。

    それにしても信号の色の発祥が、ここだとは少々驚きです。

  5. berlinHbf
    berlinHbf at · Reply

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    >楕円球さん
    コメントありがとうございます。ベルリンにいらっしゃったのが98年以来とは、それはいろいろびっくりされたことでしょうね。私がベルリンに初めてきたのも98年でした。興味を持って読んでいただけたようで、うれしいです。

  6. berlinHbf
    berlinHbf at · Reply

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    >la_vera_storiaさん
    ベルリン史のLaurenz Demps氏をご紹介いただき、ありがとうございます。私は恥ずかしながらこの方のことは存じ上げておらず、著作のタイトルに幾分見覚えがあるという程度でした。早速ネットで検索したらいろいろ出てきたので、まずはそちらから当たってみて、著作も読んでみたいと思います。la_vera_storiaさんのおっしゃる「ベルリン史探訪」路線は、私にとってこれからも深めていきたいテーマですので、Demps教授には機会があったらぜひお会いしたいです。

  7. berlinHbf
    berlinHbf at · Reply

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    >MOTZさん
    私もこの記事を書くためにいろいろ調べているうちに、ポツダム広場を再発見したという感じです。
    >歴史の証拠写真を手に、そして年代物の古地図を片手に

    こちらの本屋では、年代物の地図が気楽に手に入りますからね。
    ネットでベルリンの昔の地図を見ることもできますよ。
    http://www.alt-berlin.info/index.htm

  8. berlinHbf
    berlinHbf at · Reply

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    >hiro_hrkzさん
    ご感想ありがとうございます。
    ポツダム広場にはあまりにたくさんの物語がつまっているので、どのようにまとめるか難しかったのですが、この場所の栄枯盛衰がいくらかは伝わったでしょうか。

    >信号の色の発祥が、ここだとは少々驚きです。
    世界初かどうかは今ひとつ定かでないのですが、「この信号機に導入された色が後に世界の標準になった」ということがどこかに書かれていました。

  9. la_vera_storia
    la_vera_storia at · Reply

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    Demps教授がおもしろいことを言っています。
    中央駅さん、いかがでしょうか?
    http://www.taz.de/pt/2006/04/03/a0190.1/text.ges,1

  10. berlinHbf
    berlinHbf at · Reply

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    >la_vera_storiaさん
    興味深い記事のリンク、ありがとうございます。
    「最近の建築は退屈だ」の見出しにまず引かれました(笑)。
    プリントアウトしてじっくり読んでみたいと思います。

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