「ベルリン・天使の詩」(1987)


ベルリンを舞台にした映画の中でもっともよく知られ、かつ今でも人気が高いのはヴィム・ヴェンダース(Wim Wenders)監督の「ベルリン・天使の詩」(1987年)ではないだろうか。壁崩壊直前のベルリンが舞台のこの映画をきっかけにして、ベルリンという町に興味を抱くようになった人は少なくないのでは、と思う。
私に関して言うと、この映画は大分昔日本でたまたま一度観たことがあるだけだった。正直、当時はあまりよくわからなくて、この映画が私をベルリンに来さしめる衝動になったとは言い難い。ベルリンに住むようになって、そして特にこのブログを始めてからは、「ベルリン・天使の詩」を改めてじっくり観たいとずっと思っていた。この夏、ようやくその機会が訪れた。
今さら何を言うんだと叱られてしまうかもしれないが、ベルリンに興味を抱く人間にとっては(いや、そうでなくても)まさに宝物のような映画だと思った。かれこれ5年以上ベルリンに住んで、この街をたくさん歩いて自分が感じてきたこと、それがこの映画とどこかで共鳴するのを感じた。「ベルリン・天使の詩」が私の他の好きな映画と違うのは、やはりベルリンが舞台だということだ。場所ごとに思い入れがあるし、どうしても細部に目がいってしまう。戦勝記念塔や国立図書館が映画の舞台になっているのは知っていたが、当然ながらそれ以外にも無数のベルリンの街並みが出てくる。その度に映像を止めて画面に見入ってしまう(それが簡単にできるのがDVDのありがたいところ)。その場所がどこであるのかすぐにわかる場合もあれば、画面に写っているある建物を頼りに見当がついてくる場合もある。もちろんそれがどこなのか、どうしてもわからないこともある。そういう時は、どうもむずむずして、なかなか先に進めないのだった(ちょっと極端?)。
私が持っているのはヴェンダース・エディションというDVD(ドイツ語版)で、副音声でヴェンダース自身の解説が聞け、さらに字幕による解説もある。「ここに写っているのは実は私の叔母だ」とか、「ここに出てくるインビスは今でもあり、この店のカリー・ヴルストは私のおすすめだ」なんていう話も出てくる。またヴェンダースのインタビューと映画の未公開シーンをまとめた映像からなる特典DVDというのが付いていて、こちらもおもしろい。
この映画にのめり込んだ私は、“Berlin Stadt der Engel“という映画の主要なロケ地が載っているマップに加え、「ベルリン・天使の詩」の全台詞が掲載されている本まで買ってしまった。この本には全てのカット割りのことが説明されているだけでなく、ロケ地の通りのほとんどの名前や、そのシーンで流れている音楽の曲名やグループ名まで載っていて何かと重宝している。しかしこの台本をもってしても、「ベルリン・天使の詩」の詩的なテキストを理解するのはなかなか難しい。日本語版ではこのテキストが一体どのように翻訳されているのか、一度観てみたいと思っているのだが。
私の手元に雑誌“Pen“のベルリン特集号(2001 No.58)がある。その中に、「ヴィム・ヴェンダースからの手紙」という寄稿文が掲載されている。これはヴェンダースがベルリンについて語った、私の好きな文章なのでここに引用してみようと思う。

個性のある街と、匿名的な街がある。
ベルリンは私にとって、ドイツのなかで最も個性の強い街だ。
それはもしかしたら、この街がいちばん苦しんだからなのかもしれない。
屈強な特質というのは、時につらい教訓から生まれるものである。ベルリンは苦しみの淵で、力を失うことはなかった。むしろその逆なのだ。
この街には、ドイツでも、なにか非常に稀有なものがある。「ユーモアとフレキシビリティ」
ベルリナーは、乾いた鋭いジョークを交えてあらゆる悲運を受け止めた。
彼らは必ず話の最後にひとこと言うのがつねだが、それはコミカルでいて刺がある。
もうすぐ1ダースほどの年月が過ぎるこの街は、いま、自らを創り上げようとしている。
どの街にそうした機会が与えられているというだろう?
2つの”世界”が、ふたたびひとつになる。
それは多くの人々にとって痛みを伴った出来事だが、とはいえそうした怒涛の日々がベルリンを揺るがすことはない。
いま、1986年の私の映画「ベルリン・天使の詩」を見ると、この街にはもはや当時の面影がまったく残っていないことに驚く。まったくなにも残っていないのだ。映画のなかのほとんどすべての撮影場所は消えてなくなった。空でさえ分断されていたというのに。
この街が当時放っていた感覚は、もはや記憶のなかにしかない。
ベルリンは、20世紀のほかのどの街にもない、比類なき運命を背負っている。しかしまた、比類なき記憶という財産をも手に入れた。
そうしたあらゆることが、ベルリンの個性そのものなのだ。

この映画を初めてじっくり見て、そしてヴェンダースの文章を読んで、私は「ベルリン・天使の詩」が撮影された場所をできる限り訪ねてみたいと思った。奇しくも、あの映画が撮られてから今年でちょうど20年が経つ。ヴェンダースは「この街にはもはや当時の面影がまったく残っていない」と語っているが、本当にそうなのか自分の目で確かめてみよう。ひょっとしたら、ベルリンの「比類なき記憶」の一端に触れられるかもしれない。
というわけで、今年の夏は暇を見つけては、地図やその他の情報を頼りに映画の舞台となった場所を探し歩いて回った。私なりにいろいろな発見があった。まだ訪れていない場所ももちろんあるが、これから少しずつご紹介していこうと思う。
それでは、ベルリンの記憶を辿る、また新たな旅に出ることにしよう。



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10 Responses

  1. Kaninchen
    Kaninchen at · Reply

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    お久しぶりです。私もはじめこの映画を見たときはなんとも思いませんでした。でも、自分がベルリンに関わるようになって、見たら「なんて素晴らしい映画なんだろう!」と。ぜひ、地図で見つけた素敵なベルリンを紹介してください!

  2. ぷりんつ・あるぶれひと
    ぷりんつ・あるぶれひと at · Reply

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    未だに『よくわからん』映画なのですが、ベルリンが舞台という事で、何回も鑑賞いたしました。それだけにとどまらず、先日、デジタルニューマスター版のDVDソフトを購入いたしました。そっちのほうは、まだ未開封なんですが・・・(爆)

    うちのサイトでも、この映画のロケ地を紹介していく予定(何年後?)なんですが、アンハルター駅近くじゃないほうの防空壕の場所が、どうしてもわかりませんでした。

  3. しゅり
    しゅり at · Reply

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    マサトさん、こんにちは!
    私も上のぷりんつ・あるぶれひとさん同様
    未だに「わからん」映画なのです。
    ただあの時代のベルリンの空気がにおってくるような
    感じはいいなと思っています。
    ベルリンの数々の場所が出てくる映画は少なくありませんが
    ベルリンという都市の存在そのものを慈しんだ映画のように
    思えてなりません。
    しかし、何しろ未だにわからん映画なもので
    やはりベルリンのどの場所でロケをしたんだろうということは
    しっかり気になっています。
    この企画楽しみにしています。

  4. berlinHbf
    berlinHbf at · Reply

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    >Kaninchenさん
    コメントありがとうございました!こちらこそ大変ご無沙汰しております。
    >「なんて素晴らしい映画なんだろう!」と
    そのお気持ちわかります。私もベルリンに関わっていなかったら、この映画の琴線に触れることがないままだったかもしれません。
    ドイツ出張、どうぞお気を付けて!

  5. berlinHbf
    berlinHbf at · Reply

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    >ぷりんつ・あるぶれひとさん
    >アンハルター駅近くじゃないほうの防空壕の場所
    つまり、この映画の中で映画の撮影シーンに使われた(ややこしい・・)あの防空壕のことですよね。それもばっちり押さえているので、そのうちご紹介できると思います。20年前と全く変わらずに残っていましたよ。

  6. berlinHbf
    berlinHbf at · Reply

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    >しゅりさん
    >ベルリンという都市の存在そのものを慈しんだ映画
    そうですね。それはヴェンダースのこの文章からもよく伝わってきます。

    私がこの映画を通して紹介したい場所は全部で15箇所前後と、少々長いシリーズになりそうですが、最後までお付き合いくださいね。

  7. Aya
    Aya at · Reply

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    私も学生時代に一度だけこの映画を観ました。
    古い映画をよく借りていた時期の一本で、多感な時期だったのに
    淡々とした映画というくらいで印象が薄かったです
    当時の自分にはメッセージを受けとれる器がなかったのでしょう。
    今の自分にもう一度見せてどう感じるか試してみたい作品です
    今後の解説も楽しみにしています。

  8. berlinHbf
    berlinHbf at · Reply

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    >Ayaさん
    お久しぶりです。コメントありがとうございました!
    >淡々とした映画というくらいで印象が薄かったです
    今だから正直に言いますが、私は日本で初めてこの映画を見たとき、途中で寝てしまいました(爆)。

    Ayaさんが今この映画をご覧になって、何をどのように感じられるか、それはとても興味があります。今度ぜひ見ていただきたいですね。

  9. David Gilmour
    David Gilmour at · Reply

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    こんばんは(日本時間)、はじめまして。TB&コメントありがとうございました。

    貴記事を読ませていただき、ヴェンダースの寄稿文の引用がとても有効であると感じました。
    ぼくがこの映画を見て印象的だったベルリンの情景は、中央にそびえる塔と図書館、地下鉄車内、ポツダム広場の屋台のコーヒー・ショップなどでした。
    しかし、それにしても狭い島国日本を飛び出してベルリンに在住されているというのは、羨ましい限りだなあと思います。

    それでは、今後ともよろしくお願い致します。

  10. berlinHbf
    berlinHbf at · Reply

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    >David Gilmourさん
    折り返しのTBありがとうございます!
    >ぼくがこの映画を見て印象的だったベルリンの情景は、
    地下鉄の車内風景は確かに印象的ですよね。ベルリンの地下鉄は今も昔もあんな感じです。

    >ポツダム広場の屋台のコーヒー・ショップ
    ダミアンが人間になって初めてコーヒーを飲むシーンですね。
    実はあそこはポツダム広場ではないんです。友達のつてで私も最近場所を突き止めたのですが、クロイツベルクのある交差点にあります。今度ご紹介するので、またご覧いただけるとうれしいです。

    >羨ましい限りだなあと思います。
    やはり、よい面、悪い面の両方ありますね。私はこの町を気に入っているので、よい面の方が多いのは確かですが・・

    こちらこそ今後ともよろしくお願いします!

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