ホテル・ボゴタに泊まって楽しみにしていたのは、朝食の時間だった。部屋を出て階段に向かうと、リヒトホーフからグレゴリオ聖歌がほのかに聞こえてくる。通りから光が差し込み、窓際には大きな古い柱時計が構えている。給仕がコーヒーを持ってきてくれ、まず熱い一杯を喉元に流し込む。どちらかといえば簡素な朝食だが、とてもおいしいのだ。客のひそひそ声、ナイフとフォークの音のほかは、静かで優雅な時間が流れている。自宅から20分ほどの距離だけれど、この時間を味わうだけでも来てよかったと思った。
このホテルのファンと思われる、おしゃれな服装をした年配のお客さんの姿が目についた。この部屋は奥にピアノがあり、展覧会のオープニングはよくここで行われた。私は結局行く機会はなかったけれど、ジャズのコンサートも最後まで定期的に行われていた。
ホテルの調度品や絵画の多くはすでに売りに出されてしまったが、この古時計のように、特に価値の高いものは来年2月にネット上のオークションにかけられる(詳しくはこちら)。世界中の人が参加できるそうだ。
ホテル廃止反対を訴える、ボゴタらしいユーモアにあふれた写真。一番右のカードには、「Weniger Gucchi, mehr Bogota (Less Gucchi, more Bogota)」と書かれている。
ホテル・ボゴタに限らず、クーダム周辺では古くからの商店や映画館などが急速に消えつつあるという。
最終日の12月1日は全館が開放されオープンデーに。食堂室にはここで使われていた食器が並べられ、蚤の市のような状態になっていた。私たちが泊まった3階のフロアも地元の人々でごった返し、その数日前、最後に過ごした静かな時間がかけがえのないものに思われてきたのだった。
この日は、大部分の部屋を見て回った。各部屋の絵画の多くには番号が付けられ、欲しいと思ったものの番号と自分が出せる額を用紙に記していく。私は、いくつかの絵と古い地図、泊まった部屋のシャンデリアなどを希望に書いて出したが、何か当たるといいなあ。
Hotel Bogotaは「良きヨーロッパ」を感じさせてくれる宿だったように思う。夜、サロンの高い天井を見上げ、ミシミシいう床を歩いていると、私はベルリンに来て最初に住んだ築100年のアパートでの時間を思い出した。戦前、戦後問わず連面と流れてきた時間を、旅行者も手頃な値段で味わうことのできたホテルだった。ベルリンの愛すべき存在がなくなるだけでなく、ここから出て行かざるを得なくなったオーナーのリスマンさん一家のことを思うと胸が痛む。
(了)
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久々のコメントです。
良いホテルだったのですね。ぜひ泊まってみたかったです。
このホテルに限らず、電車などでも、廃止されると決まってから、急に惜しくなりますね。日頃から古き良きものを大切にしたいと思いました。
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MAYUさん
久々のコメントありがとうございます。
>このホテルに限らず、電車などでも、廃止されると決まってから、
急に惜しくなりますね。
確かにそういうところはありますね。もっともホテル・ボゴタのファンは世界中にいたので、反対の署名も相当集まったのですが・・・本当に残念です。
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桑原さん
ご丁寧なコメントをいただき、ありがとうございました。
ホテル・ボゴタへの思いがたくさん伝わってきて、私もいまさらながら切ない気持ちになりました。
建物が今どのようになっているかわかりませんが、あの内装が保存されるという話は聞いていません。
本当に残念です。橋口さんのことにも触れられていたので、ご本人にも転送しておきました。