普段海外に住んでいるからこそ、日本の伝統的な文化に接したときに、はっとするような新鮮な感動を受けたという経験をお持ちの方は結構いらっしゃると思います。私自身、振り返ってみて特に印象に残っているのが、2008年の平成中村座の歌舞伎と2011年の金春流能の『船弁慶』の舞台(いずれもベルリンの「世界文化の家」にて)。恥ずかしながら、歌舞伎も能も、私はそれまで生の舞台に接したことがありませんでした。
11月19日にクロイツベルクの受難教会(Passionskirche)で行われた小野雅楽会の公演も、私にとってはそんな貴重な機会でした。小野雅楽会は1887年に創設された、民間では最古の歴史を持つ雅楽演奏団体。今回、ロシア、ドイツ、オーストリアの5都市を巡る演奏ツアーの一環でベルリンを訪れました。
キリスト教会で日本の雅楽を聴くということに、最初はやや違和感を抱いていましたが、パイプオルガンとレンガ造りの美しい祭壇の前に設置された雅楽の舞台は、驚くほど見事に溶け合っていました。
前半は、管弦と呼ばれる楽器のみによる演奏。笙(しょう)、篳篥(ひちりき)、龍笛(りゅうてき)の管楽器のほか、楽琵琶(がくびわ)、楽箏(がくそう)という弦楽器、鉦鼓(しょうこ)、鞨鼓(かっこ)などの打楽器から構成されます。篳篥と龍笛の合奏はうねるような力強さがあり、笙の響きは天から降り注ぐ光のように眩しい。最初の音が鳴った瞬間、私は古の時代に連れ去られるかのようでした。
後半は舞を伴う舞楽。最初の振鉾(えんぶ)では、複数の龍笛がカノンのように掛け合うところが印象的でした。続く『蘭陵王』は唐を経由して伝来した左舞と言われるもので、華麗な1人舞が舞台上で繰り広げられます。それに対し、『延喜楽』は朝鮮半島(高麗)を経由して伝来した右舞と呼ばれ、4人の踊り手が舞を演じます。地元の聴衆は、最後まで静かに聴き入っていました。
終演後、打ち上げに参加する機会を得ました。たまたま私の前に座ったのは、今回のツアーの特別ゲストで、最近まで宮内庁式部職楽部首席楽長を務めた豊英秋(ぶんのひであき)さん。実に1300年以上前から天皇家に仕えてきた楽師の家系の方と知り、仰天しました。雅楽人間国宝でもある豊さんは、大らかな口調でこんなことを話してくださいました。
「雅楽は唐から大きな影響を受けていますが、当時の西安はキリスト教、イスラム教、仏教が混在する国際都市でした。三島由紀夫がこんな言葉を残しています。『雅楽をひもとけば、ローマに通じる』と」。
雅楽がこのように多彩な要素を持つ一方で、これほど長い間、いったいどのようにして芸が伝承され得たのでしょうか。
「世襲の良さというのは『平均』だと思うんですよね。世襲の中には優秀な人もいれば、そうでない人もいますが、それはさほど問題ではありません。伝えることに愚直に専念すれば、結果的に昔とそれほど変わらないものが受け継がれていくと思うんです」。
私自身のルーツにも繋がる「世界最古のオーケストラ」。その生演奏と伝統を今に伝える人々に直に接し、感銘深い夜となりました。
(ドイツニュースダイジェスト 12月20日)