久々に晴天となった土曜日、Sバーンに乗って西の郊外のヴァンゼーに行きました。約10年ぶりに足を運びたくなった場所、「ムッター・フォラージュ」をご紹介します。バス316や118に乗ってRathaus Wannseeのバス停で降り、ポツダムへと続く主要道路から左手に延びるショセー通りを5分ほど歩くと田舎の邸宅のようなかわいらしい建物が見えてきます。
建物の脇から中に入ると、花や園芸用品を扱う市が並び、中庭には昔ながらの家屋を使ってカフェや新鮮な食材を扱うお店が構えています。この場所を総称した呼び名が「ムッター・フォラージュ」。いかにもブレヒトの劇作品にある「ムッター・クラージュ」(肝っ玉おっ母)を意識した名前です。
フォラージュとは馬糧のこと。その名の通り、20世紀初頭、ヴィルヘルム・ヘーニッケという商人が馬の餌や小麦、ジャガイモなどをここで商い始めました。当時この地域には富裕層が多く移り住み、彼らは乗馬や馬車のための馬を所有していたため、需要が見込まれたのでしょう。ヘーニッケ家は世代を変えながら戦後も商売を続けていましたが、60年代に入ると、ベルリンの壁による東西分断やスーパーマーケットの台頭で経営に陰りが差し、ついに1977年に店を畳むことになりました。
しかし、ここからフォラージュの第2の生が始まります。最後の経営者の息子で俳優のヴォルフガング・イメンハウゼンが数人と共に地域の新しい交流の場にしようと、「ムッター・フォラージュ」という名の有限会社を立ち上げたのです。肥料やジャガイモ、花かご、植木鉢などを販売することに加えて、古い納屋を再利用してコンサートや演劇、朗読会を開催するようになり、いつの間にか地域を超えて知られるようになりました。
納屋の隣にはギャラリーがあります。20世紀初頭、ヴァンゼー界隈にはマックス・リーバーマンなど著名な画家が邸宅を構えていたこともあり、ベルリン分離派の作品を育むことを大切にしているそうです。
その向かいの倉庫を改造したカフェ(Hofcafé)に入りました。食事からビールまでビオのものにこだわっており、野菜のトルテも美味。テラス席にいると、田舎の農場でのんびりしているような気分になりました。
これから夏にかけて、ムッター・フォラージュではコンサートやタンゴ・フェスティバルが開催され、また毎年11月21日には、この近くの湖クライナー・ヴァンゼーで自殺した作家ハインリヒ・フォン・クライスト(1777-1811)に因んだ行事も行われます。私が以前コンサートを聴いた納屋はこの日がらんとしていましたが、変わらず地元民に大切にされている場所だということをひしひしと感じました。
ムッター・フォラージュ:www.mutter-fourage.de
Hofcafé:www.hofcafe-berlin.de
(ドイツニュースダイジェスト 3月17日)
2007年3月から続けてきたドイツニュースダイジェストのベルリンのレポート記事が、おかげさまでちょうど10年を迎えました。小さな連載記事ですが、たくさんの出会いに恵まれてきたように感じています。これからもどうぞよろしくお願いいたします。