今年は3月末になっても雪が降るなど、いまだ春の気配にはほど遠いベルリンだが、天気の良い日に家族を連れて行ってみたい場所があった。Sバーンのゲズントブルンネン駅にはノルトクロイツ(北の十字)という別称があり、各方面からの鉄道が交差する要衝だ。近年はICEも停車するようになり、ベルリンの北のターミナル駅になった。地上に出ると、フォルクスパーク・フンボルトハインの丘がもう目の前に見えた。
それまで抱っこをせがんでいた3歳の息子が、公園の中に入るやいなや、途端に元気に走り始めた。ポカポカ陽気の中、芝生を抜けて、丘への道に入る。長い冬が終わりに近づきつつあることを感じ、大人までテンションが上がってくる。高さ84.5メートルの丘を上り切ると、二つの展望台が待ち受けていた。まるで天空の城を思わせる、コンクリート製のいかつい建造物である。これは第二次世界大戦中の1941年から42年にかけて造られた高射砲塔の跡。当時連合軍の空襲から防衛するためここに4基の塔が造られ、敵の爆撃機を撃ち落とすべくこの上に高射砲を配備したのである。
こんなものを造って果たしてどれだけの意味があったのかと思うが、戦争が終わった後、4基のうち2基は爆破された。しかし、北側のもう2基は、隣接した駅の敷地に損傷を与えないよう破壊が見送られる。やがて、その周りに周辺地域からの瓦礫が運ばれ、フンボルトヘーエと呼ばれる人口の丘が築かれた。いま自分たちがハイキング気分で上ってきたのは、おびただしい破壊行為と愚行の結果生まれた遺産なのだった。
もちろんそんなことをまだ何も知らない息子は、展望台の上から見えるSバーンやICEの姿を追いかけてはきゃっきゃはしゃいでいる。この日は久々に気温が10度を超え、多くの人がのんびりとくつろいでいた。
ゲズントブルンネンで一度体験してみる価値があるのは、この駅にいまも保存されている地下空間を見学するツアーだろう。大戦中、近隣の住民や旅行者を空爆から守るため、この中に防空壕が造られた。ほかの参加者たちと薄暗い密室空間の中にいると、身を寄せ合って空爆の時間に耐えていた当時の人の姿が想像できて、何とも重苦しい気分に襲われた。ガイドさんが、ユダヤ人はこの中に避難することさえ許されなかったこと、近くの巨大な高射砲塔が多数の強制労働者によってわずか半年で完成したことなどを説明してくれた。
大戦末期、爆弾の嵐がベルリンに降り注ぐと、高射砲塔はなす術がなくなった。その後の地上戦により、ゲズントブルンネン周辺のほぼすべての教会や大部分のアパートが破壊され、多数の市民の人命が失われた。
展望台から階段を下りてゆくと、眼下に幾何学的なデザインの庭園が見えた。Rosengarten(バラ園)といって、春になるとオープンするそうだ。いまも色濃く残る負の遺産の中に見つけた美しい庭園。もう少し暖かくなったら、今度はここを訪ねてみようと思う。
(ドイツニュースダイジェスト 4月6日)
フォルクスパーク・フンボルトハイン
Volkspark Humboldthain
ミッテ区の北側ゲズントブルンネンにある29ヘクターの公園。1869年から76年にかけてグスタフ・マイヤーの設計により造られた。第二次世界大戦とその後の混乱期にほぼ完全に破壊されたが、1948年から51年にかけて修復。高さ85メートルの「フンボルトの丘」の展望台やバラ園、子供の遊び場など、多彩な魅力を備えている。
住所:Brunnenstr., 13357 Berlin
ベルリンの地下世界
Berliner Unterwelten e.V.
1997年以降、かつての防空壕や核シェルター、未完に終わった地下鉄駅など、ベルリンの知られざる地下世界を研究している社団法人。刺激的なテーマのガイドツアーを開催しており、U8ゲズントブルンネン駅の戦時中の防空壕を見学するツアー1「暗闇の世界」はほぼ毎日開催(英独)。同駅の出口を出たところにインフォオフィスがある。
オープン:月曜〜金曜10:00〜16:00、
土曜・日曜9:00〜16:00
住所:Brunnenstr. 105, 13355 Berlin
電話番号:030-49910517
URL:https://berliner-unterwelten.de