4月以降、神戸大学大学院教授の藤野一夫先生によるドイツの文化政策についての論考を掲載させていただきましたが、そのお弟子さんで、神戸大学のダブルディグリー制度を利用して現在ハンブルク大学でドイツの音楽学校制度の研究をしている小林睦(むつみ)さんが、支援を受けられないフリーランスの仕組みについて詳しく調べてくださいました。コロナ危機が始まってからよく耳にする「短時間労働」(Kurzarbeit)というワードなども含め、示唆に富んだ内容になっています。私の不手際により原稿をいただいてから大分時間が経ってしまったのですが、多くの方と共有できたらと願い、以下にアップいたします。
ドイツのアーティスト支援について
2020.05.18 小林睦
ドイツ、ハンブルクでフリーランスの俳優として活躍している私の知人は、4月に即時支援に申請を行い、数日後に連邦から 2500ユーロ、ハンブルク市州独自の支援制度から2500ユーロを受け取ったそうです。しかし、彼の友人の中にはそれらの支援金を受け取ることができていない人も多いといいます。それはなぜなのかを聞いてみたところ、以下のようなことが分かりました。以下、アーティストの職種形態に分けて説明したいと思います。
1 特定の団体に籍を置くアーティスト(正規雇用)
まず特定の劇団に所属するなど、正規職員として働いているアーティストです。彼らは活動が制限されている今、月給の約60%を受け取っています。ドイツでは、不景気下で企業が従業員を解雇するのを防止するために、政府が設けた短時間労働(Kurzarbeit)という非常事態の仕組みがあります。この仕組みでは、企業は従業員を解雇しない代わりにある一定期間だけ労働時間を短縮又はゼロにできます。従来は給料の60%(5月1日から引き上げられましたが、引き上げの割合は職種によって違います)は国が肩代わりして支払うため、企業は従業員を解雇しなくてすみます。例えば劇団に所属している俳優の場合は、この短時間労働手当(Kurzarbeitergeld)がもらえるということになります。
またもしこの不況で解雇された場合でも(簡単に失業することはありませんが)、失業する前の過去2年間で、失業保険料の納入が義務付けられている職に少なくとも12カ月以上就いている、現在週15時間以上働いていない、といった条件を満たせば、以前の月給の60%を最長1年間保険給付として受け取ることができます。これを第1種失業手当 (Arbeitslosengeld1)と呼びます。
2 フリーランスのアーティスト
次に、特定の団体に籍を置かず、請負契約を行うフリーランスのアーティストに対する支援策です。彼らは、申請すれば個人事業主向けのコロナの即時支援を受け取ることができます。 申請時には、フリーランスの活動を証明するために、確定申告の提出や芸術家社会基金の会員資格が必要です。(芸術家社会基金、ドイツ語で Künstlersozialkasse(KSK)とは、フリーランスのアーティストやジャーナリストに被雇用者と同じような医療保険や年金保険を提供するシステムであり、公共団体の事業の一部として運営されています。この保険にはフリーランスの仕事で年間3900ユーロ以上稼ぐといった条件を満たせば加入することができ、 基金のメンバーであることがフリーランスで働いていることを証明しているとも言えます。)
多くのフリーランスのアーティストは、フリーランスの活動と次の3で紹介する非正規雇用の職を掛け持ちしています。フリーランスのアーティストも短期間非正規雇用として契約をしている間は雇用された職員とみなされます。
3 非正規雇用のアーティスト
上記の正規職員、フリーランスという二つの働き方に加えて、もう一つ、短期的に雇用契約を結ぶ非正規雇用(unständige Beschäftigung)という職種形態があります。特定のアンサンブルのメンバーではないけれど、その時々で客演として劇場に雇われる人や映画産業に携わっている人など、役者には特にこの非正規雇用で働く人が多いです。また俳優業においては2と3の職種形態は非常に流動的であり、2で述べたようにフリーランスの仕事と、非正規雇用の仕事をどちらもするアーティストもいます。しかし一方で、非正規雇用の仕事だけを行っているアーティストもいます。
このように非正規雇用の仕事だけに従事している場合、1、2のアーティストが受ける支援を受けることができない場合がほとんどです。短期的な雇用契約の積み重ねでは、第1種失業手当を受け取るための条件である過去2年の間の12か月以上の勤務を満たすことは非常に難しいといいます。また、芸術家社会基金の会員資格や確定申告でフリーランスとしての仕事を証明できないため、連邦州からの即時支援金も受け取ることができません。
このようにして援助をすり抜けてしまった非正規雇用のアーティストたちに対して、政府は第2種失業手当(Arbeitslosengeld 2)、別名Hartz 4という失業給付金の申請を行うように勧めています。この第2種失業手当は、最低限の生活を保障するためのもので、国から支給されます。通常は資産がないことを証明する必要がありますが、現在はコロナ危機にあたってこの審査が 60000ユーロ以上の資産がない限りは最初の6か月間免除されています。 しかし、アーティストたちは、Harz 4受給者には厳しい制限が課せられているし、自分たちは失業しているのではなく、国から仕事を禁止されているのであり、Hartz 4はこの場合は当てはまらないと主張し、新たな補償を求めています。
この問題に対して最近、バイエルン州政府が「モデル KSK プラス」という政策を打ち出しています。5月14日時点の発表の内容は、バイエルンでは芸術家社会基金すなわちKSKに加入していない非正規雇用の芸術家でも、コロナ危機によって収入が途絶え生計を立てるのが困難な場合、3 か月間毎月最大1000ユーロを受け取れるというものでした。
ほかの州でもこのような動きが出てくるか、引き続き注目したいと思っています。
参考 URL:
芸術家社会基金の HP
https://www.kuenstlersozialkasse.de/
バイエルン州政府の「モデル KSK プラス」について https://www.stmwk.bayern.de/allgemein/meldung/6504/informationen-zum-neuen- hilfsprogramm-fuer-soloselbststaendige-kuenstlerinnen-und- kuenstler.html?fbclid=IwAR3fSi9wT8pAWK174ixlULmxZBeLf_eAM3nNTEHKel55G6E2o uthUc2S1bQ