共和国宮殿、最後の残骸

先週初雪が降ってからは寒い日々が続き、家にこもることが多かったのだが、昨日は時折晴れ間も見せ、妻を連れて久々に街を散策してみた。やはりベルリンは自分の足で歩くのが楽しい。
U2のHausvogteiplatzで降り、数日前から始まったクリスマス市を横目に川のたもとのシュロス橋へ。ほぼ夏以来、久々に立つ旧共和国宮殿。そこにはもう何もないかと思いきや、よく見るとニコライ教会と赤の市庁舎の間に、1つだけコンクリートの柱が立っていた。王宮前広場には、ポツダム広場にあったインフォボックスを思い起こさせるブルーのクンストハレが建ち(写真右)、遊歩道も整備されて歩きやすいようになっていた。王宮の再建が始まるまでの処置らしい。
ついに残り1つとなった残骸を近くで見るべく、シュプレー川を渡って反対側へ。極寒とまではいかないが、それでもずっと歩いていると耳がひりひりしてくる程度の寒さではあった。1台のクレーンが黙々と作業を続けていた。
この橋から共和国宮殿の解体作業を何度も眺めてきたけれど、カメラを持った人がこんなに多いのは初めてのことだった。新聞などの報道で聞き知ってやって来たのだろうか。
この近くで、見ておきたいものがもう1つあった。かつてベルリン最古のクリスマス市が立っていたブライテ通り(ここもまた工事中だった)を横切り、DDR時代に国家評議会館があった建物の前に足を運ぶ。
参照:
クリスマスマーケットを彩った音色 (2007年12月22日)
この場所で、ベルリンがベルリンとケルン(Cölln)という双子の都市だった時代の1300年頃、ケルンの側に建てられたドミニコ修道院(Dominikanerkloster)の発掘が進められているのである。やや薄暗くなりかけていたが、レンガの礎石をはっきり見て取ることができた。ここにはまた改めて来ようと思う。
寒い中、社会主義時代の建物の解体作業をカメラに収める人もいれば、そのすぐ近くで中世の修道院の発掘作業にいそしむ人々もいる。やがてここに建つのはプロイセン時代の「王宮」とくれば、何というアンバランスさといびつさだろう!一体自分がどの時代にいるのかわからなくなってくる。
参照:
掘り起こされたベルリンの「中世」 (10月12日)

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