子どもが読んで楽しめ、大人が読んでも味わえる本というのがある。エーリッヒ・ケストナー(1899~1974)の小説はその代表格ではないだろうか。『エーミールと探偵たち』『ふたりのロッテ』『点子ちゃんとアントン』……。子どもがハラハラドキドキできるのはもちろん、大人になってから読むと、人生の経験を重ねた分感じられるペーソス(哀愁)や深みがあるのだ。
先日、私はこの歳で初めて岩波少年文庫版の『点子ちゃんとアントン』を読み、大変感動したのだが、そのことをツイッターにつぶやいたところ、翻訳した池田香代子さんご本人より「ケストナーは大人になってからのほうが効きますね」とのお返事をいただき、深く納得した。
この『点子ちゃん』が、子ども・青少年シアターの「グリップス劇場」にて演劇作品として上演されている。もともとベルリンが舞台の作品。ぜひ観てみたいと思ったのだが、完売でない日を探すのが困難で(ほぼ毎月公演が行われて いるにもかかわらず!)、結局2カ月近く待たなければならなかった。
ある土曜日の夕方、地下鉄U9のHansaplatz駅の北側出口を上がってすぐのところにあるグリップス劇場は、子どもたちの熱気で溢れていた。親に連れられた子だけでなく、学校の課外授業で来ている子もいるようだ。もちろんこの日も客席は超満員。
裕福な両親に隠れて、夜遅く街角でマッチ売りをする点子ちゃんと、母親思いの貧しい少年アントン、この2人の友情物語を、ケストナーはナチスが台頭する直前の1931年に書いた。さて、2011年に初演された劇では、どのように描かれているだろうか。
点子ちゃんは、こちらのイメージに近い、かわいらしくおてんばな女の子という感じ。「あれ?」と思ったのは、アントンの母親が病気で寝込んでいるのではなく、失業者という設定だったこと。それも、ロシアからの避難民で、滞在許可に問題を抱えている。そして、アントンと点子ちゃんはマッチ売りではなく、一緒にデポジットの空の瓶やペットボトルを集めている……。貧富の拡大に加え、移民の問題。これは今のベルリンの社会状況そのものではないか。
客席との間に段差のない舞台を俳優たちは走り回り、ときに歌い踊り、終演後は大喝采に包まれた。周りを見渡すと、子どもたちもその親も、いろいろな人種が混じっていたことに気付く。彼らが小さいときからこういう舞台に接することは、異質な他者に対する寛容性を自然と育むことになるのではないか。少なくともそう願いたいと思う。
もちろん、点子ちゃんがアントンを助けるという筋は変わるはずもない。この作品のエッセンスが演出にしっかり受け継がれていたことは、プログラムに引用されたケストナーの文章が伝える。
「生きていくのは、きびしく、むつかしい。もしも、うまくいっている人がうまくいっていない人に進んで手をさしのべなかったら、未来は暗いものになる」(池田香代子 訳。岩波少年文庫版より)
(ドイツニュースダイジェスト 1月18日)
Information
グリップス劇場
Gripstheater
劇作家のフォルカー・ルートヴィヒによって、1969年に設立された子ども・青少年シアター。上演作品は自主制作にこだわっており、年間公演数は約300回。中でもベルリンの地下鉄の人間模様を描いた1986年初演の『Linie1』は大ヒット作として知られ、海外でも広く受け入れられた。チケットは基本的に電話予約のみで、上演1日前までに劇場の窓口で受け取るシステムになっている。
住所:Altonaer Str. 22, 10557 Berlin
電話番号:030-3974740
URL:www.grips-theater.de
フリードリヒ通り駅周辺
Bahnhof Friedrichstraße
『点子ちゃんとアントン』に登場する地名の多くは、フリードリヒ通り駅の周辺に見られる。例えば、点子ちゃんの豪邸は帝国議事堂河岸Reichstaguferのそば、アントンのボロアパートがあったアルティラリー通りは現在のトゥホルスキー通り。2人が「夜の仕事」に勤しむのは駅の北側のヴァイデンダム橋Weidendammbrückeといった具合。読後に作品の舞台をめぐるのも楽しいかも。
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特選ベルリン街灯図鑑(5) 「ヴァイデンダム橋」(2007-11-15)
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実は私も未読でした。ぜひ読んでみようと思います。引用なさっている一節にこめられた思いが胸に響きました。
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大作さん
ぜひお読みになってみてください。ラストなど痛快です。私は次に「飛ぶ教室」や「終戦日記」を読もうと思っています。