長男が誕生して間もなく10ヶ月。最初の頃はベビーカーで近所の公園に行くだけでもドキドキしたものだが、少しずつ行動範囲が広がってきた。なんといっても、生後3ヶ月で日本のパスポートを取得し、翌月日本に一時帰国したのは大きな出来事だった。そして、夏の仕事が一段落した9月半ば、今度は息子を連れての初の家族旅行に出かけることになった。そのときの様子を今になってまとめてみたいと思う。
行き先に選んだのはリューゲン島。バルト海(オストゼー)に面した、ドイツ人の典型的な保養地として古くから知られている場所だ。島といっても、ドイツ本土とは橋で結ばれており、ベルリンからもリューゲン島の先端の街ビンツまで1日1本直通の特急が出ている。私はベルリン中央駅でOstseebad Binzと行き先表示板に記された列車を何度か見かけたことがあり、その度にいつかあれに乗ってリューゲン島に行きたいと思っていたのだった。
9月のある日、ベルリンのSüdkreuz(南十字)駅から13時14分発のインターシティIC 2355に乗る。列車は40分も遅れてやって来た。このインターシティはフランクフルト国際空港を8時11分に出て、約8時間かけて終点のビンツまで走るから、なかなかの長距離列車だ。ちなみに、スロヴァキアの首都ブラティスラヴァからビンツまでの直通列車(EC 378)というのもある。ブラティスラヴァを6時10分に出て、ブルノ、プラハ、ドレスデン、ベルリンを経由してビンツ到着は19時23分。長距離列車が縮小傾向にあるヨーロッパだが、こんなロングランの列車もまだまだ残っている。もっとも、通して乗る乗客は果たしてどれだけいるのだろう。
ビンツ行きの客車特急は伝統的なコンパートメントと開放型の座席があり、私たちが乗ったのはコンパートメントの方。廊下は狭いが、ドアの近くにベビーカーを置くスペースがあったのでありがたかった。もっとも、客車の場合、ドアのところに大きな段差があるので、荷物とベビーカーを抱えて乗り込むのには一苦労する。
今回は初旅行を記念して(?)一等車を選んだ(一等でも早めに予約しておけば、結構割安で買うことができる)。窓際にはドイツ人の老夫婦が座り、テーブルの上にクマのぬいぐるみを置いていたのが印象に残っている。幸い長男は授乳やお昼寝を挟み、時に他のお客さんに笑顔を振りまいたりしては、比較的静かにしていた。
北ドイツの単調な平原の車窓が続く中、気分が高揚したのはシュトラールズントを過ぎてからのこと。進行方向が変わり、旧市街の外側を大きく周回して、いよいよリューゲン島につながる橋を渡る。遠くには、ちょうど1年前に訪れたシュトラールズントのハンザ同盟時代の古い教会の尖塔がいくつも浮き上がっていた。
ベルゲンという街を過ぎると、列車はKleiner Jasmunder Boddenという湖をぐるりと半周する。バルト海はまだ見えないが、ドイツの最北端に来たのだという実感が沸いてくる風景だ。
プローラ(Prora)という駅を過ぎたとき、同じコンパートメントに最後まで残っていたおばさんがこんなことを教えてくれた。
「ここにはナチス時代に労働者のための巨大な保養施設があったのよ。現在は博物館になっているわ」
列車は18時過ぎにビンツ駅の細長いホームに到着した。小雨が降っていたが、ベビーカーを組み立て宿に向かう。今回は滞在型の旅なので、アパートメントタイプのホテルを予約していた。
(つづく)