数年前、私がベルリンに来てからずっとお世話になっているドイツ人の知人からリクシャの招待券をいただいた。リクシャとは自転車タクシーのことで、実は日本語の力車に由来する言葉。知人の息子がリクシャのツアーのガイドをやっていたのだった。嬉しかったが、「よく知っているベルリンの観光地をいまさら自転車で回らなくても」という思いがどこかであり、時間ばかりが経っていた。
5月初旬の祝日、ついにあの券を使う機会がやってきた。Sバーンのベルビュー駅の出口で、「愛車」とともに待っていたアンドレアスさんにティーアガルテンのコースをリクエストする。初夏の季節、あの大きな公園の中をめぐってみたいと思ったからだ。ベロタクシーと呼ばれる高性能の自転車タクシーには乗ったことがあったが、昔ながらのリクシャに乗るのは初めて。少しドキドキするが、いざ走り始めると、運転がうまいのか、車のバネが程よく効いているのか、とても快適な乗り心地。「これはいい!」と思っていると、リクシャはたちまち緑の中に飛び込んだ。
まずは英国庭園と呼ばれるエリアを案内してもらう。名前の由来は、終戦直後、多くの木々が市民の暖のために切り倒されてしまった後、英国とその王家の援助で再び多くの木が植林されたことによる(1965年に国賓として訪れたエリザベス女王が自ら植えた木もあるそうだ)。この中にはわらぶき屋根の美しいティーハウスもあった。
大統領宮殿の庭園を横目に進んで行くと、突然巨大な人物像の裏手に出た。戦勝記念塔の北側に建つビスマルク像だ。ここへは何度か来たことがあるが、リクシャの視点から眺めるとまったく初めての場所に来たような錯覚を覚える。
今度は東に向かい、Zeltenplatzと呼ばれる広場の前に着いた。Zeltenとはテントのこと。18世紀半ば、フランスから迫害を逃れてきたユグノー教徒の子孫たちがここにテントを張って、散策に訪れた人びとに飲み物などの販売を許されたことに由来するのだとか。この広場からは6本の道が放射状に伸びている。「昔の王家の人たちは、こういう場所に立って各方向からの獲物を狙ったんだろうね」とアンドレアスさんは語る。この広大な公園はもともと王家の人びとの狩猟の場だったのだ。
ティーアガルテンの魅力は、19世紀前半の大改造後に生まれたイギリス式の風景庭園によるところも大きい。6月17日通りの南側の池や水路に沿って走りながら、ビーバー、カナダ鴨、カメなど、ここに生息する様々な動物のことをアンドレアスさんが教えてくれた。水の流れはほとんどあるかないかだが、この水路が南側の運河と北側のシュプレー川とをゆるやかにつないでいる。
やがて緑の向こうにブランデンブルク門が顔を出した。「あの向こう側がベルリンだよ!」とアンドレアスさん。そう、今まで走ってきた場所は、1861年以前はベルリンの郊外だったところ。リクシャに心地よく揺られながら、緑のシャワーを浴びた約1時間。徒歩とも車とも違う、リクシャならではの魅力を堪能したツアーだった。
(ドイツニュースダイジェスト 6月3日)
Information
ティーアガルテン
Tiergarten
ベルリン中心部にある210ヘクタールの公園。かつて空港だったテンペルホーフ公園に次いで、市内の公園では2番目の規模を持つ。16世紀前半、ブランデンブルク選定侯の狩猟区域として始まり、プロイセン王のフリードリヒ2世の時代からバロック庭園として整備されるようになる。現在に続く市民公園としての原型は、19世紀前半、プロイセン宮廷庭師レンネの大改造によって生まれた。
ベルリン・リクシャ・ツアー
Berlin Rikscha Tours
ブランデンブルク門前には様々なリクシャやベロタクシーが止まっているが、アンドレアスさんがやっているこちらのツアーは特にお勧め。ライヒスタークからテレビ塔、ポツダム広場から政府地区、ティーアガルテンなど、いくつものコースが用意されている。ツアー料金は1時間44ユーロから。ドイツ語のほか、英語でのガイドも可能とのこと。
電話番号:0163-3077297
URL:www.berlin-rikscha-tours.de