6月5日、世界的なピアニスト、マルタ・アルゲリッチの75歳の誕生日を記念して、ベルリン・フィルハーモニーでバースデーコンサートが行われました。「若い頃から圧倒的なエネルギーとひらめきに満ちたピアノを聴かせてきたアルゲリッチさんがもう75歳?」と時の移ろいを感じずにはいられませんが、彼女が1公演でピアノ協奏曲を2曲も弾くという機会は非常に珍しく、ファンの一人として公演に足を運んできました。
今回のコンサートはダニエル・バレンボイム指揮シュターツカペレ・ベルリンとの共演により実現したもので、チケットの収益金はベルリン国立歌劇場の修復費用にあてられました。満員の聴衆が固唾を飲んで見守る中、アルゲリッチが登場するとホールを揺り動かすような拍手が起こります。最初の演目はピアニストでもあるバレンボイムとの共演によるモーツァルトの「2台のピアノのためのソナタニ長調」。子供の頃にブエノスアイレスで出会って以来の長い付き合いという二人ならではの、愉悦とくつろぎにあふれた音楽がステージから放射されました。
舞台にそろったオーケストラが突然ハッピーバースデーのメロディーを奏で、聴衆が合唱で祝福を贈るサプライズの後、ベートーヴェンの「ピアノ協奏曲第2番」が演奏されました。アルゲリッチがピアノを弾き始めてすぐに感じたのは、年齢をまったく感じさせない彼女の音楽の若々しさです。すべての音が聴き取れる明晰な打鍵とテクニック、さえ渡るアクセント、夢見るような分散和音、等々。穏やかな湖面を思い起こさせるゆったりとした第2楽章から、突然何かが生き生きと踊り出す第3楽章への鮮やかな転換には思わず息をのんだほど。前半が終わったばかりだというのに、聴衆は総立ちで喝采を送りました。
バースデーコンサートというだけあって、休憩中には訪れた人にタルトが振る舞われ、また入場の際に手渡されたバースデーカードに書き込めば、アルゲリッチ本人にお祝いのメッセージが届けられるようにもなっていました。
後半はやはりベートーヴェンの「ピアノ協奏曲第1番」。交響曲のようなスケールを持つ作品だけに、指揮者バレンボイムとの掛け合いも聴き応えがありました。爆発的な終結部が終わると、この日三度目となるスタンディングオベーションに応えて、アルゲリッチはスカルラッティのソナタをアンコールに披露。最初から最後までのあまりに見事なパフォーマンスに、ホール全体が「何か信じられないものを見た」という空気に包まれました。不世出の女流ピアニストの節目の音楽に触れられた幸福な日曜日の午後となりました。
(ドイツニュースダイジェスト 7月15日)