ブランデンブルク州にあるラーテノウという街は、時々見かける赤いレギオナル・エクスプレスの終着駅というイメージぐらいしか持っていなかった。この夏、ラーテノウに住む彫刻家の大黒貴之さん(当連載の第62回 / 2015年9月4日発行)に現地を案内していただき、この街を「発掘」する機会に恵まれた。やはり、好奇心をもってその街に住む人ほどふさわしい案内人はいない。
ベルリンからラーテノウまでは西に70キロほど。1時間に1本の直通列車が出ているのでアクセスしやすい。大黒さんが家族3人で住むアパートは駅から延びる通りに面していた。壁の時代を知るドイツ人から聞いたという話を紹介してくれた。
「当時この通りにはソ連軍が駐屯していて、一般の人は立ち入り禁止。毎日のように軍の訓練が行われていたそうです。幹部たちはソ連から呼んだ妻や愛人を軍の宿舎に住まわせ、彼女たちの化粧や香水、長いロングコートが印象的だったと聞きました。街はグレーで冷たく、建物は画一的でまるで鳥の巣のようだったと。それに政府の財源がないので建物の修復もままならず、二度とあの時代には戻りたくないと言っていました」
もともとラーテノウは眼鏡や顕微鏡などのレンズ産業が栄えた都市として知られる。19世紀末には300もの企業が拠点を構えていたそうだ。しかし、第2次世界大戦中、光学の技術を生かした軍需産業の拠点は連合軍にとって格好の攻撃目標となり、街の80%が破壊された。
その後に訪れた東独時代は、今もどこかでこの街に影を落としているのかもしれない。大黒さんによると、高齢者との会話の中に「昔、誰々はシュタージ(秘密警察)だった」という話が出ることもあるという。
だが、旧市街に近づくにつれ、周囲の風景に歴史の香りが立ちこめてくる。18世紀中期に造られた威風堂々たる大選定候の像(バロック様式の砂岩の記念碑としては北ドイツ最大級)を過ぎると、ハーフェル川に面した小さな港にたどり着く。ここから丘の上に建つ聖マリーエン・アンドレアス教会への眺めは、今年市制800年を迎えるラーテノウの原風景を思い起こさせるものだ。
そこから森の中を進むと、ゆったりとした美しい弧を描きながら対岸へと続くヴァインベルク橋が見えてきた。昨年、ハーフェルラント郡で開催されたBUGA(連邦園芸博覧会)に合わせて造られた歩行者用のこの長い橋は、誰もが歩きながらわくわくした気分になること請け合いだ。
約5年半、ラーテノウを拠点に作家活動を続けてきた大黒さんだが、この夏で一つの区切りを付け日本への帰国を決めた。ベルリンのような巨大なアート市場の街ではない分、落ち着いて制作に集中することができたという。「ラーテノウで困ったことがあれば、いつも誰かが力を貸してくれました。日本人家族はぼくたち3人だけでしたが、なんだか街全体でサポートしてくれたように感じています」
大黒さんの案内で歩いているうちに、最初は灰色一色だと思っていたラーテノウの街並が、多面体のレンズのようにさまざまな色合いを見せるようになっていた。
(ドイツニュースダイジェスト 10月7日)
Information
ラーテノウ
Rathenow
ブランデンブルク州ハーフェルラント郡にある人口2万4000人の街。ブランデンブルクの司教ジークフリート2世の文書に登場する1216年が都市の起源とされる(ベルリンより20年ほど古い)。ベルリン中央駅からラーテノウまでは直通のレギオナル・エクスプレスRE4が毎時出ている。所要時間は約1時間。以下はツーリストインフォメーションの情報。
オープン:月〜日10:00〜18:00
住所:Freier Hof 5, 14712 Rathenow
電話番号:03385-514991
URL:www.westhavelland.de
オプティクパーク
Optikpark Rathenow
ラーテノウの中心部にある4000平方メートルの広大な公園。かつてオプティク(光学)の街だったことからこの名が付いた。2015年のBUGAのメイン会場の一つとなり、多彩な庭園、さらに動物との触れ合いを楽しめる。園内には世界最大級の望遠鏡も置かれ、毎年4月から10月までのシーズン中は、さまざまなイベントが開催される。
オープン:月〜日10:00〜18:00(2016年は10月3日で終了)
住所:Schwedendamm 1, 14712 Rathenow
電話番号:03385-49850
URL:www.optikpark-rathenow.de