ドイツの文学賞・クライスト賞の受賞が決まった作家・多和田葉子氏の授賞式が11月20日、ベルリンで開かれました。18世紀の作家ハインリヒ・フォン・クライストに因んだこの文学賞は1912年に創設され、ベルトルト・ブレヒト、アンナ・ゼーガース、(1985年に賞が復活してからは)ハイナー・ミュラー、ヘルタ・ミュラーら著名な作家に贈られています。日本語とドイツ語で著作活動をしてきた日本人の多和田氏がこのリストの中に加わることに、計り知れない意義の大きさを感じます。
会場のベルリナー・アンサンブルに行くと、舞台上に大きな氷の塊がいくつも置かれていました。てっきり飾り物かと思ったのですが、実は本物の氷。その背後には日本の雪国の映像が流れています。
演劇的な趣向にあふれた授賞式となりました。ドイツ・ジャズ界の重鎮、アレクサンダー・フォン・シュリッペンバッハ氏のピアノ演奏、クライストの小説『ロカルノの女乞食』の朗読に続き、多和田氏が自作を朗読します。冒頭に流れた映像は、映画監督ウルリケ・オッティンガー氏が『北越雪譜』に啓発を受けて製作した『雪に埋もれて』の一節で、同賞審査員の推薦を受けたオッティンガー氏の一任で多和田氏の授賞が決まったそうです。クライスト協会理事長のギュンター・ブランベルガー氏は、その祝辞の中で「多和田さんは創造性というものを、天才がゼロから作り上げるものとしてではなく、絶え間ない相互作用のプロセスとして、つまり場所や時代、自然や社会の伝統の法則と結びついた『状況による創造性』として理解している」と述べ、多和田文学の越境性を讃えました。
多和田氏の授賞スピーチは、ドイツ語のコンマの使い方を日本語の「間」と比較するユニークな言語論から始まって、境界を越えること、彼女自身が愛するという北ヨーロッパの寒さと暗さなど、自在に話が展開していきます。意味をあまり理解できなくとも言葉と言葉の思いがけないぶつかり合いからエネルギーが生まれ、それが聴衆にも波及するかのよう。最後の謝辞の一節も、多和田氏を取り巻く豊かな言語環境がよく伝わってくるものでした。「カフェで、魚を食べながら、大学のゼミで、列車の中で、エルベ川の砂州で、ハーフェル川沿いを散歩しながら私と言葉を交わし、知ってか知らずか多くの貴重なアイデアを贈ってくれた友人たち、そして『書くことで生計など立てられない』と一度も言ったことのない両親に感謝します」
2時間に及ぶ授賞式が終わると、舞台上の氷は大分溶けていました。国境の感覚が昔より希薄になった一方、国や社会集団の間の不和や分断が深刻なまでに露わになっている現代において、私たちがつい陥りがちな硬直した思考を多和田文学はどう解き(溶き)ほぐしてくれるのか。これからの創作活動にますます目が離せません。
(ドイツニュースダイジェスト 12月16日)