今年は、マルティン・ルターによる宗教改革500周年に際して多くの記念行事が開催されました。特にルターが「95か条の論題」を発表した10月31日の宗教改革の日は、今年は特例によりドイツ全土で祝日に。このメモリアルイヤーに関連してニコライ教会で開催中の展覧会を観に行きました。ベルリンのプレンツラウアー・ベルク在住の国際的な作家、塩田千春の『LOST WORDS』(失われた言葉)がそれです。
ミッテ地区にあるベルリン最古のニコライ教会の中に入ると、無数の黒い糸を張り巡らせたインスタレーションが眼前に迫ってきました。高さ10.5メートルに及ぶ糸の網の中には、100以上の言語による聖書のページがあちこちに散らばっています。それらが一体となった作品は、天井窓からの光に照らされ、静謐な教会堂の中で時の流れを封じ込めたような存在感を放っていました。
塩田氏は今回の作品を14人の手伝いを借りながら、約2週間かけて制作。使った糸の総延長は750 キロにも及ぶそうです。ニコライ教会は文化財に指定されているために壁に釘で固定することができず、すべては結びつけて留めただけとのこと。「ギャラリーでの展示よりもずっと大変でした」と作家は地元紙に語っています。
そもそも、この作品のアイデアは16世紀にさかのぼる日本のキリスト教受容から得たといいます。
「当時日本ではキリスト教が禁止され、信仰者は迫害を受けていた。聖書も発禁となったが、『目には見えない』キリストに関する内容は250年以上もの間口述で伝承された。それによって聖書のテキスト内容は変容したものの、そのメッセージは生き生きと保持された」(展覧会のパンフレットより)。
塩田氏によると、絡み合い、分かれ、再び結び付く網と糸は、人のつながりを象徴しているとのこと。「口述の伝統によって物語がどのように人から人へと受け継がれたかに興味を抱いた。そのような伝承を通じた『精神的な移住』」を作品のコンセプトに据えたといいます。『LOST WORDS』にはトンネルのような道もあり、そこを歩きながら作品に触れていると、無数の糸の絡みが、ネットワークで緊密に結ばれたがゆえに誤解や不和が生じやすくなった今日の世界の状況とも重なって写ってきました。
ニコライ教会は、ベルリン市博物館の新館長パウル・シュピース氏の意向により、今後現代作家のインスタレーションを発表する場としても使われていくとのこと。その最初の作家に選ばれた塩田氏の作品は、祈りと思索が一体となった唯一無二の場を作り上げていました。
www.stadtmuseum.de/lost-words
(ドイツニュースダイジェスト 11月17日)