最近発売された岩波書店『世界』2022年1月号で、「世界最大の分散型記念碑――グンター・デムニッヒと仲間たちの『つまずきの石』(前編)」を寄稿しました。このブログでもこれまで何度かご紹介してきましたが、私にとって過去といまこことをつなぐ大事な存在であるつまずきの石のことをまとまった形でお届けできることを嬉しく思います。ナチ・ドイツの犠牲者を記憶するこのプロジェクトが、なぜ社会の中で広く認知されるに至ったのか、前編では発案者であるグンター・デムニッヒさんを中心とした関係者の声を通じて描きました。また、次号2月号の後編では、私の個人的な出会いを通じた極小の視点から、この石が人々の内面にもたらしてきたものを考えたいと思います。重要なのはこのつまずきの石がアートプロジェクトということ。デムニッヒさんがその点にこだわる理由についても記事の中で触れています。ぜひご一読いただけたらと思います。
もう1冊、最近岩波書店から出た関連テーマの本を紹介させてください。『アウシュヴィッツ生還者からあなたへー14歳、私は生きる道を選んだ』(岩波ブックレット)です。アウシュヴィッツを生き延びたユダヤ系イタリア人の女性、リリアナ・セグレさんが、2020年10月に語った「最後の証言」を翻訳したもので、その講演はイタリアの国営放送で中継されたそうです。
このブックレットの中から1箇所だけ引用したいと思います。翻訳者の中村秀明さんがセグレさんに対して行った電話インタビューの中で、コロナ禍における人々の振る舞いについての印象を彼女はこう語っています。
ーそうしたなかでも、他者への思いやりや共感、隣人愛を持ち続けるにはどうしたらいいのでしょうか?
その前にやるべきことがあります。私が上院議員となり、最初に手掛けたのは、ヘイトスピーチや誰かを中傷する投稿を監視する組織を設けるように議会で呼びかけることでした。隣人愛を考える前に、憎悪を世の中からなくすことを始めなくてはいけないと考えたからです。
たとえば、新型コロナの感染拡大で医師や看護師は人々を助けようと休みもなく懸命に働いているのに、彼らを中傷し、ののしりの言葉を口にする人がいます。駐車場に停めた彼らの車に、恐ろしい内容の落書きをする人がいます。
憎しみにはとても強い力があります。人々をいらだたせ、不機嫌にさせる強い力があるのです。愛について語るよりも前に、こうした憎しみを世の中からなくす必要があります。
アウシュヴィッツのことはすでに多くの本などで読んである程度知っているつもりでしたが、ここで語られている過酷かつ非人間的な体験は半ば信じられないほどでした。それでもセグレさんはそこから引き出せる教訓とメッセージを若い人たちに向けて語ります。その率直で力強さに満ちた言葉の数々に感銘を受けました。ぜひご一読をお勧めしたい証言集です。
このブックレットのコラムの中で、アウシュヴィッツで殺害されたセグレさんの父アルベルトさんの「つまずきの石」も紹介されています。ミラノの中心部の通りに埋められているそうで、いずれイタリアに再訪できることになったらぜひ訪ねてみたいと思っています。