クルト・ザンデルリンクが95歳に

Konzerthaus Berlin (07.10.18)
しばらく前になりますが、先月の19日にちょっと特別なコンサートを聴く機会に恵まれました。この日95歳の誕生日を迎えた指揮者のクルト・ザンデルリンクを祝う、バースデーコンサートです。ザンデルリンクという名前は私が日本にいたときほとんど未知の存在でしたが、ベルリンに来て運よく2度ほどその最晩年の指揮ぶりに接することができました。シュターツカペレ・ベルリンを振ってのブラームスの交響曲第2番(2001年2月)と、ベルリン響(当時)との引退コンサート(2002年5月)。いずれも筆舌に尽くしがたいほどの音楽体験で今でも忘れられません。
この前の話とも関係があるのですが、東プロイセン生まれのザンデルリンクはユダヤ人で、ナチスによるユダヤ人迫害を逃れて1936年にソ連に亡命します。その後、弱冠29歳にしてムラヴィンスキーとともにレニングラード・フィルの首席指揮者となり、ショスタコーヴィチとの出会いもあって、彼の輝かしいキャリアが始まります(先月Berliner Zeitung紙にザンデルリンクの長いインタビューが掲載されたのですが、この時代のことから彼の近況に至るまで、Takuyaさんのブログでその興味深い内容を読むことができます。123)。
しかし戦後、東ドイツ政府からの熱心な要請を受けて、ザンデルリンクは故郷のドイツ(DDR)に復帰するのです。DDRの文化の「顔」として、1977年まで首席指揮者を務めたベルリン交響楽団(現コンツェルトハウス管)とは現在に至るまで密接な関係にあります。ベルリン放送響(こちらも旧東のオケ)の知り合いの方に言わせると、ザンデルリンクはあの時代、東の人々にとってはある意味西側の「カラヤン」のような存在だったのだとか。
そんな時代を生きた昔からのファンや関係者が多数集まってのこのバースデーコンサートだっただけに、ホールは特別な雰囲気で満たされました。冒頭のモーツァルトの「後宮からの逃走」序曲は、ザンデルリンクのデビューの曲目だったそう。そしてザンデルリンクと何度も共演している内田光子さんが出てきてモーツァルトのソナタを弾きました。スケールが大きく、演奏中の動きを含めてまさに音楽の化身のような演奏で、この人は大音楽家だと今度こそ確信しました。後半は息子のミヒャエルによるブラームスのチェロソナタとシューベルトの「ます」。だだっ広い大ホールで室内楽の演目ばかり並べるのはどうかと最初は思ったものの、それは全くの杞憂で、こんな親密でしかも適度な緊張感の中で音楽を聴くのもそうないことでした。御大が目の前にいて、演奏する側もおそらく相当気合が入っていたのかも。最後にザンデルリンク氏が壇上に上がって感謝のスピーチを述べ、盛況の中で終わりました(ちなみに、バースデーコンサート後に行われたレセプションで私が撮った写真が、「音楽の友」11月号の「ロンド」というコーナーに掲載されているので、よかったらご覧ください)。
ザンデルリンク氏は2002年に指揮活動を引退してからも、聴衆としてコンサートに聴きに来る姿を何度か見ています(やはり演目にショスタコーヴィッチがあるときが多かったような)。先週末のベルリン放送響のコンサートの後でも、舞台裏のカンティーネで知り合いの人としゃべっていたら、偶然横を通りかかる氏の姿を見かけました。息子のミヒャエルがソリストとして出演していたので聴きに来ていたのでしょう。杖を支えに、背中を丸めながら、やや小刻みに、しかししっかりした足取りで出口の方に向かって歩いて行きました。ドイツ帝国の時代に生まれ、ワイマール共和国、第三帝国、ソ連、東ドイツ、再統一後のドイツと、圧政と激動に満ちた時代を生き抜いた人物がすぐ目の前を歩いているのだと思うと、なんともいえない緊張感に包まれたのでした。
MI 19.09.07 | 20:00 Uhr | Großer Saal
Zum 95. Geburtstag von Kurt Sanderling
Konzerthausorchester Berlin
Lothar Zagrosek
Mitsuko Uchida Klavier
Viviane Hagner Violine
Sebastian Krunnies Viola
Michael Sanderling Violoncello
Barbara Sanderling Kontrabaß
Wolfgang Amadeus Mozart Ouvertüre zum Singspiel “Die Entführung aus dem Serail” KV 384
Wolfgang Amadeus Mozart Klaviersonate C-Dur KV 330
Johannes Brahms Sonate für Violoncello und Klavier e-Moll op. 38
Franz Schubert Klavierquintett A-Dur op. 114 D 667 (“Forellen-Quintett”)



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6 Responses

  1. shio
    shio at · Reply

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    1人の人間が、こんなにも自分を高めることができたり、その存在はこんなにも大きくなりうるのかー。と、読んでいて感じました。
    私はオーケストラに興味はあるけど、難しそうで手が出ません。だけど「仲間との共同で作り上げていく芸術」という点で、本質的な人間らしさを感じます。
    マサトさんのブログがいつも勉強になってます(^^)

  2. berlinHbf
    berlinHbf at · Reply

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    >shioさん
    ご感想ありがとうございます。
    >「仲間との共同で作り上げていく芸術」という点で、本質的な人間らしさ

    まさにそうですね。100人近い人がひとつの音楽を作り上げていく過程ではいろいろありますし、楽しいことばかりでもないんですが、このジャンルにはそれゆえの魅力も感じます。考えるというよりも「身を浸す」感じで聴いてみるのが、まずはいいと思いますよ。

  3. nanacello
    nanacello at · Reply

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    なんと!こんなすごいコンサートがあったんですね!!知りませんでした・・・ショック。。。。プログラムがまた完全に私の好みです。。。ほんと残念です。ベルリンにいたというのに、ぼ〜と茶でも飲んでたんでしょうねこのバカな私は。。。

    >>ドイツ帝国の時代に生まれ、ワイマール共和国、第三帝国、ソ連、東ドイツ、再統一後のドイツと、圧政と激動に満ちた時代を生き抜いた人物がすぐ目の前を歩いているのだと思うと、なんともいえない緊張感に包まれたのでした。

    読んでるだけでも、ドキドキしてきました。そうですね、まだまだ暗い時代を生き抜いてきた人々が、私達と同じこの時代にいるんですね。今は平和なんでしょうかね。

  4. berlinHbf
    berlinHbf at · Reply

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    >nanacelloさん
    残念でしたね。ただこのコンサートは結構前からソールドアウトになっていたので、当日券を買うのは難しかったかもしれません(招待客がかなり多いようでした)。内田さんは5年前の90歳コンサートにも出演しているんですが、なんとその時からこの日の予定を空けておいたんだそうですよ。

  5. bach!!
    bach!! at · Reply

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    12月25日Konzerthaus Berlinで、Michael Sanderling がチェロではなくフランクフルトのオケを指揮してのチャイコフスキーを聴きました。初めて生で聴いた第1番のシンフォニー(季節柄タイムリー!)に感動しました。遅めのテンポの味わい深い演奏は父親譲りかな?
    そういえば、↑のクルト・ザンデルリンクの引退コンサートライヴは私の愛聴盤です。(内田光子とのモーツァルトのコンチェルトが素晴らしい。なぜ、日本国内プレスされないのか不思議。)
    それから↑のライトアップ写真いいですね。この時はホール前のジャンダルメン広場でクリスマスマーケットが開かれていて、賑やかでした。ホールもきらびやかで、ロビーも美術館にいるようでとても素敵でした。

  6. berlinHbf
    berlinHbf at · Reply

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    >bachさん
    Michael Sanderlingは指揮者としてもかなり活躍しているようですね。チャイコの1番は私もまだ生では聴いたことがないんです。確か小澤さんが最近ベルリン・フィルと取り上げていたかもしれません。

    あの内田さんのモーツァルトはすばらしいですよね。このコンサートの後半のシューマンのとき、内田さんが客席の最前列に座って過ぎ去る時間を惜しむように聴き入っていた姿をよく覚えています。

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