すでにあちこちで話題になっているカラヤンイヤーのこの目玉録音、ドイツでも結構売れているようで、私も買って家でじっくり聴いてみた。すっかり気に入ってしまい、最近こればかり聴いている。
まずジャケットのデザインと写真に惹き込まれる。ゴルトベルク変奏曲の伝説のレコーディングからまだ翌々年の24歳のグールドと、ベルリン・フィルの音楽監督に就任して間もない49歳のカラヤン。歳もルーツも異なれど、共に20世紀後半の芸術とメディアの関係に大きな影響を及ぼし、今まさに時代の寵児としてキャリアの絶頂に上り詰めようとしつつあるこの2人の音楽家が、ツォー駅からほど近いベルリン芸術大学のホールの舞台上で出会い、打ち解けた表情でなにやら話している。この貴重な光景をよくぞ写真に収めてくれたものだと思う。
ちなみに、このジャケット写真を撮ったのは、エーリッヒ・レッシング(Erich Lessing)というウィーン生れのカメラマンで、アメリカの雑誌“Esquire“から依頼を受け、この年カラヤンの数々の舞台や私生活を写真に捉えている。今年そのときの記録を集めた写真集が発売され、ウィーンでは現在展覧会も開かれているようだ(詳細はこちら)。
客席のノイズは多いものの、モノラルの実況録音としては当夜のコンサートの模様を生々しく伝えている。前半のベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番。この時点でグールドがコンサートピアニストとしても、すでに完成された域にいることを窺わせる。1つ1つの音がキラキラ輝いていて、明晰なこと。1楽章のカデンツァなんて、これほど弾き込んでいるのに音が決して割れることがない。そして、あの反逆的な彼にしては、ここでの演奏は意外なほど正統的。フルトヴェングラーが最後に振ってからまだ3年しか経っていないベルリン・フィルのうねりあるサウンドには、さすがのグールドも唸らされ、カラヤンの棒に自然と寄り添ったのではと勝手ながら思う。1楽章の最後の音など、腹の底にどすんと響く。
ブックレットの解説に書かれている、後半のシベリウスの5番とグールドについての箇所がとても印象的だった。このコンサートが、グールドとシベリウスの音楽との最初の出会いだったこと。彼はその演奏に大変感動し、1964年のカラヤンの同曲のスタジオ録音を「無人島に持っていきたいレコード」に挙げていること(これは別の新聞記事に書いてあった)。さらにその録音を、グールドが1967年に作った『北の理念』というラジオドキュメンタリーのエンディング音楽に使っていること等々。終生カナダの北の地に住んだグールドだが、このベルリンでの演奏が自身の「北の理念」に何らかの影響を及ぼしたのだと考えると、なかなか感慨深いものがある。カラヤンとグールドとの共演は、結局このときと翌年の2回で終わったが、彼らはその後も互いを高く評価し合っていたという。
このシベリウスは、64年盤における細部の彫琢度には及ばないかもしれないが、ベルリン・フィルを自分の掌中に収めつつある当時のカラヤンの勢いと覇気が如実に伝わってくる演奏だ。北国の春の到来を予感させるような、ホルンを主にした終楽章のハーモニーのふくらみは、あらゆる芸術の中でも音楽にしかなしえない至福の瞬間だと思う。
この「世紀の」共演が実現したハルデンベルク通りにあるベルリン芸術大学のホールでは、実は私も何度か演奏したことがあり、2年前の1月に撮った写真が出てきた。いかにも50年代という内装や指揮台のデザインなど、CDのブックレットに写っている当時の様子と何も変わっていないように見える。ちなみに、このCDには当夜のコンサートのプログラムがPDFファイルに収録されており、当時の広告やミシェル・シュヴァルベのコンサートマスター就任のニュースなど、なかなか興味深い。
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なんて美しいジャケットでしょう!
これだけでも購入決定ですが、マサトさんの文章が一層期待感を高めてくれて、早速注文しました。
「1つ1つの音の輝き」や、「腹の底にどすんと響く音」など、私も感じることができるでしょうか。
「あらゆる芸術の中でも音楽にしかなしえない至福の瞬間」-私も味わいたいと思います。
CDの到着が待ち遠しい。
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>Tsu-buさん
早速注文してくださったとは、とてもうれしいです。
いかんせん50年前の録音なので、音の状態こそあまりよくはありませんが、それでも伝わってくるものが多い演奏です。もしシベリウスの5番が気に入られたら、フィンランドの名指揮者ベルグルンドやここで触れているカラヤンの64年盤の録音も聴いてみてください。おすすめです♪
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よくぞこの素晴らしいCDを紹介してくれました!私もさっそく買いたいと思います。カラヤンは私が物思いついた頃に最初にクラシックの魅力を教えてくれた存在として、初めて映画の魅力を教えてくれたインディー・ジョーンズのハリソン・フォードと並んで私にとっては特別の人物です(って、クラシック好きの人からみたら、とんでもない比較かも知れませんが)。しかも、そのカラヤンとあのグレン・グールドが微笑みながら声を交わしている写真なんて・・・思わず胸がじんとしてしまいます。この時代に生まれたかった!いや、別に生まれていたからって、この二人と友達になれるなんて思いませんが・・・。
Masatoさんは、音楽も歴史も政治も詳しいんですね。しかも文章を書くのも上手いし写真を撮るのも上手だし。政治学科を勉強している私は恥ずかしくなるばかりです。
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>toskaさん
CDのお買い上げありがとうございます。
>この時代に生まれたかった!
私も似たようなことは考えます。このコンサートに居合わせたら、まさに伝説の証人になれたでしょうからね。当時ベルリンに留学されていたソニーの大賀さんは、このコンサートを実際に聴いているそうです。
>Masatoさんは、音楽も歴史も政治も詳しいんですね。
いえいえ^^;)。確かに興味の対象は広いのですが、どれもが中途半端なのです。「これが私の専門です」と自信を持って言える人が、ときどきうらやましいときがあります。
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私もこのCD買いました!!そして繰り返し何度も聴いています。
ベートーヴェンの3番のコンチェルトは、1987年にイタリアNUOVAERAから出た、グールドの似顔絵スケッチのジャケットのものを持っていましたが・・・。でも、このSONYのが初の正規盤らしいですね。イタリア盤と比べ、繊細でしなやかなグールドのピアノがより良く聞き取れて、感動しました。カラヤンとのツーショット写真のジャケットもとても素敵なので、文句なく買いだと思います。
初出のシベリウスの5番も思わぬ拾いもの。普段カラヤンをあまり聴かないのですが、意外にもライヴが面白いですね。(ショスタコーヴィチの10番のモスクワライヴも、お気に入りです。)
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>bach!!さん
コメントありがとうございます。おっしゃるとおり、このCDは確かに買いで、私も繰り返し楽しんでいます。
残念なのは、日本で発売されて話題になったカラヤン最後の来日公演のライブ録音が、ドイツでは未発売なことです。あれは日本だけの企画なのでしょうかね。モスクワでの有名なライブ録音はまだ聴いたことがありません。カラヤンにとっても会心の演奏だったことで有名ですね。