昨年夏のある日、シャルロッテンブルク宮殿の南側のダンケルマン通りを歩いていた時のこと。ごく普通の建物から中庭に抜ける道に、人の流れができていた。何だろうと思い、その流れに吸い寄せられるように中庭に抜け出ると、そのまぶしい光景に私は一瞬、自分が見ているものを疑った。
住宅街にあって、そこだけすっぽり大きな空間が生まれている。木々が茂り、小さな牧場で餌を食べているヤギたち。その奥には土を盛り上げて作ったすべり台が置かれ、子どもたちがきゃっきゃ言いながら滑り降りている。静かに佇んでいる老人の姿もちらほら。ベルリンの街を歩いていると、時々宝物を掘り当てた気分になることがあるが、この日がまさにそうだった。
あれから1年、あの空間の秘密を知りたくてダンケルマン通りを再訪した。晩秋の平日ゆえ、広大な中庭は閑散としていたが、放し飼いにされたヤギの親子がいきなり私を迎えてくれた。たまたまここで出会った年配の女性、ドロテー・トルンパさんに話を伺うことができた。
この不思議な空間の名は、「ツィーゲンホーフ」。「ヤギの中庭」という意味だ。1970年代まで、ここには奥に至るまで古い住宅が密集していた。その多くは日当りが悪く、トイレも共同という状況にあったという。その後、市の再開発によって裏手のアパートは解体され、新しい建物が建つことが決まっていた。ところが、地域住民が大反対し、当時は住宅占拠運動も盛んだった場所柄、とうとう市の決定を覆してしまった。その後、住民が独自に木を植え、芝生を植え、ほどなくしてヤギ、ニワトリ、ガチョウといった動物が連れられて来た。いまやシャルロッテンブルク地区の公共の緑地であり、自主運営しているキーツの人々の努力の成果でもある。「子どもたちにとっては、自然の仕組みを学べる場所としても貴重です。日本の皆さんに紹介してもらえるのなら、『都会の中のパラダイス』と書いておいて(笑)」とトルンパさん。
親切にも、トルンパさんは通称クラウゼナー・キーツと呼ばれるこの界隈を案内してくれた。「このキーツのいいところは昔からの顔なじみの人が多いこと。1つの村という感じかしら。昔ここに住んでいた私の知人など、30年近く海外で暮らしていたのだけれど、最近また戻って来たんです。居心地がいいのよね」。
一方で、シャルロッテンブルクという地区からすると少し意外だが、決して裕福なエリアではない。ベルリン市がまとめた社会的状況の統計によると、全434の対象区域のうち、306位だという。「裕福な人もいれば貧しい人もいる。いろいろな人が程よく混ざり合って住んでいるのも、このキーツの良さだと思うの。東のプレンツラウアー・ベルク地区など、いつの間にか裕福な人ばかりになってしまったでしょう」。そういえば、20世紀初頭、ベルリンの庶民を愛情込めて描いた画家ハインリヒ・ツィレが住んでいたのもこの界隈だった。
気が付くと、「ブロート・ガルテン」というオーガニックパン屋の前に着いていた。このクラウゼナー・キーツは、2020年までに環境保護のモデル地区になることを目指しているそうだ。
(ドイツニュースダイジェスト 12月2日)
Information
ツィーゲンホーフ
Ziegenhof
シャルロッテンブルクの住宅街にある6000㎡の緑地。この夏、子ヤギが誕生し、現在5匹に。「昨年までは区から補助金が出ていたのですが、不況の影響でカットされてしまいました。今はこの農園で作っているハチミツや絵はがきなどを販売して、それを運営費に充てています」とトルンパさん。日中はいつでも中に入れる。
住所:Danckelmannstr. 16, 14059 Berlin
電話番号:(030)3256 577
URL:www.klausenerplatz-kiez.de
ブロート・ガルテン
Brotgarten
1978年創業のベルリン最古のオーガニックパン屋の1つ。ブランデンブルク州の農園の全粒粉を自家製の製粉機で毎日ひいてパンを作っている。種類豊富なパンやケーキをその場で食べられるほか、平日の14時までは隣のビストロで食事もできる。地域住民の集いの場でもあり、このキーツに関するパンフレットも置かれている。
営業:月〜金7:00〜18:30、土7:00〜14:00、日7:00〜15:00
住所:Seelingstr. 30, 14059 Berlin
電話番号:(030)322 8880
URL:www.brotgarten.de