欧州の難民を巡る状況はいまだ収束する道筋が見えていません。戦争における憎しみの連鎖、さらに反イスラムのデモや難民施設の襲撃に見られる排除と不寛容の空気。「欧州、そして世界はどこに向かおうとしているのか」と誰もが不安にならざるを得ない時代に私たちは生きています。
そのような状況下、3月1日にベルリンのコンサートホール「フィルハーモニー」で「難民とボランティアのためのコンサート」と題した公演が行われ、大きな反響を呼びました。ベルリンを代表する3つの楽団が、「われわれの社会の中へようこそ」というモットーのもと、難民に対しての歓迎のメッセージを音楽で表明したのです。
名だたる楽団がひしめき合うベルリンにおいても一夜で3つの楽団が出演する公演が実現するのは、2001年のニューヨークのテロ事件の直後「連帯とお悔やみの印」として行われたコンサート以来2度目のこと。昨年末、ベルリン・フィルのホフマン総裁が公演の企画をほかの2つの楽団に持ちかけると、彼らは即座に賛同し、日程が決められたといいます。6000人分のチケットの申し込みの中から、難民や彼らを日常的に支援する団体のスタッフら約2200人が無料で招待されました。
公演の冒頭、ホフマン氏が戦争のため故郷を追われざるを得なかった人たちに対して思いやりにあふれた言葉を発した後、「今日ここには20カ国以上から成る人びとが集まりました。互いの言語を理解できなかったとしても、私たちには音楽という共通語があります。どうぞ楽しんでください!」とあいさつし、同じ内容がアラビア語とペルシア語にも翻訳されました。
プログラムの最初、ダニエル・バレンボイムのピアノと指揮シュターツカペレ・ベルリンによるモーツァルトのピアノ協奏曲第20番では悲しみの中に温かな情感が表出され、続くイヴァン・フィッシャー指揮ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団によるプロコフィエフの古典交響曲は、対照的に生の喜びがあふれ出すようなはつらつとした演奏。客席からは楽章ごとに拍手が、さらに曲が終わるたびにスタンディングオベーションが起こり、この日演奏していた知人は「クラシック音楽はイスラム圏からやってきた多くのお客さんにとってあまりなじみのないものだと思っていたので、これほどダイレクトな反応が返ってきたのは私にとって予想外。胸が熱くなりました」と語っていました。最後にサイモン・ラトル指揮ベルリン・フィルがベートーヴェンの交響曲第7番より第4楽章を熱狂的に締めくくると、ブラボーと口笛の嵐が入り乱れました。
「国と国、宗教と宗教が対立し合う古い欧州に私たちは戻りたいのでしょうか? いいえ。扉と心を開く新しい欧州が生まれた。それを世界に示したいと思うのです」(フィッシャー氏)。言うはやすしかもしれません。しかし、音楽の力がこの言葉に一層の真実味を宿らせていたように感じました。
この歴史的な公演の模様は、私のように会場で聴けなかった人も下記サイトにて無料で視聴することができます。3人の指揮者へのインタビューを含め、多くの方に見ていただきたい内容です。
www.digitalconcerthall.com
(ドイツニュースダイジェスト 3月18日)
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ベルリンから、難民の方たちへ。音楽で「ようこそ」(スイス在住の長坂道子さんがこの公演のことをブログで詳細に報じてくださっています。こちらも多くの方に読んでいただきたい記事です)