コーミッシェ・オーパーの「利口な女狐の物語」新演出

© Monika Rittershaus
●コーミッシェ・オーパーで「利口な女狐の物語」のプレミエを観てきました。今シーズンでインテンダントの任期が終わるアンドレアス・ホモキの演出。指揮はアレクサンダー・ヴェルデニコフでした。1956年にヴァルター・フェルゼンシュタインによって演出された名プロダクション以来、この作品が同劇場で上演されるのは半世紀ぶりだそうです。
●幕が開くといきなり森番が1人でたたずんでおり、序曲が始まると、いきなり彼の若かりし頃の(?)結婚式の場面になります。どうやら、森番がこれまでの自分の人生を回顧するという設定の演出だったようです。幕が上がってすぐ、コオロギとキリギリスがバレエ音楽を奏でる場面がありますが、2役とも人間の姿。「あれ、動物が出てこないなあ」と思った矢先、舞台が転換してほとんど同じ小屋の舞台装置の上に、今度は動物のマスクをかぶった歌い手がずらりと並んでいるのです。それはメルヘン的というよりは、プログラムに抜粋が載せられていたカフカの「変身」を想起させるような、どこかグロテスクな世界でした。
●少なくともこのオペラの演出の1つの方向性である、「動物がたくさん登場し、子供でも楽しめるメルヘン調の演出」にする意図はホモキにはなかったようです。Verwandlung(変身、転換)というのが1つのキーワードと言えるでしょうか。動物の世界の出来事を全て人間の世界に置き換えており、4面の舞台装置を使って人間界と動物界が頻繁に行き来します。面白かったのは、あなぐま役を兼ねる神父の他、校長に雄鳥役もやらせていたこと。森番、神父、校長が最初から最後まで何度も登場し、自然の悠久さよりも、人生の「苦み」を強調した舞台だったように思います。その中心にいるのがやはり女狐で、男たちを惑わすセクシーな存在として描かれていました。
●全体的に音楽と歌い手たちの動作の連動性は見事でした。いかに緻密に稽古を重ねられてきたことがよくわかります。一方で、間奏音楽に至るまで情報を詰め込み過ぎて、観ていてどうも落ち着かない気分だったのも否めません。ヤナーチェクのオペラの多くは1時間半程度と短く、1幕も30分程度。舞台展開もスピーディーです。元々が動物を主人公にしたオペラなので、限られた時間の中であれもこれも人間界に置き換えようとすると、どうしてもどこか「説明調」になってしまうのです。第2幕の終盤の女狐と雄狐のラブシーンなど、音楽的に重要な部分で肝心の音楽に浸らせてくれない、と感じたこともありました。このオペラの魅力と同時に演出の難しさも感じた次第です。それでも、見どころの多い舞台だったことは確かで、第3幕のクライマックスの音楽ではいつもながら鳥肌が立ちましたね。今夜からシラー劇場で始まる新演出の「死者の家から」も、大変楽しみにしているところです。

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3 Responses

  1. 焼きそうせいじ
    焼きそうせいじ at · Reply

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    上演報告有難うございます。金曜日に見るのが楽しみです。この作品、数えきれないくらい観ましたが、アニメ版くらいでしょうか、抵抗なく見ることができたのは。いつもどこかに引っかかってしまいます。さてどうなりますやら。

  2. KawazuKiyoshi
    KawazuKiyoshi at · Reply

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    楽しいオペラですね。
    見てみたい。
    今日もスマイル

  3. berlinHbf
    berlinHbf at · Reply

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    焼きそうせいじさん
    先日は「死者の家から」をご一緒できてよかったです。この女狐についてのご感想も伺って、まだまだこの作品について自分の理解が足りないのを感じました。また観に行こうと思います。

    Kawazuさん
    楽しくも深い思想をはらんだオペラです。一度ご覧になってみてください。

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