この8月半ば、久々に地下鉄U6の終点アルト・テーゲルの駅に降り立った。いつもはテーゲル湖の湖畔を目指すのだが、今日は駅から北にしばらく歩くと、森の中へと続く道が出現する。Privat(私有地)と書かれているので一瞬ひるむが、木々に囲まれた道を行くと、レンガ造りの田舎風の農舎と、それとは対照的な古典様式の白亜の邸宅が見えてきた。
ここは以前から一度来てみたかったフンボルト家の邸宅(通称テーゲル館)。ベルリンに住んでいると、フンボルトという名前はとても身近だ。1810年にベルリン大学(現在のフンボルト大学)を創設した兄のヴィルヘルム(外交官、言語学者)、そして、中南米を探検して近代地理学の金字塔を打ち立てた弟のアレクサンダー。この2人の存在は、ベルリンという都市が持つ「進取の精神」とほぼ同義語になっているようなところが今もある。
テーゲルとフンボルト家との関わりは、彼らの父がこの地に所有権を得た1766年にさかのぼる。間もなく生まれた2歳違いの兄弟は、幼少期をここテーゲルで多くの時間を過ごした。
10人ほどの見学者と共に、この日最後のガイドツアーに参加した。中に入ると、そこはギリシャ様式の柱が構えるエントランスホール。この建物は、家の継承権が兄のヴィルヘルムに譲られた後、1820年から24年にかけて著名な建築家のシンケルによって改築されたものだ。ヴィルヘルムと妻のカロリーネは、ゲーテやシラーを始めとして、この時代の知の巨人たちと多くの交流があった。1階の書斎には彼らが収集した古代の彫像が並ぶ。2階への階段の青い天井は、シンケルがモーツァルトのオペラ《魔笛》のために手がけた有名な舞台デザインがモチーフになっており、建物の至る場所にドイツ古典主義の最後の輝きが封じ込められているかのよう。やはり青で統一された2階のサロンには、小さな書斎机が見晴らしの良い窓に面して置かれており、ここで本を読む時間をしばし夢想した。
邸宅の裏手には付随する広大な公園があり、一般に公開されている。散策する途中、Humbolt-Eicheと呼ばれる樹齢400年の堂々たるオークの木に出会ったが、これは残念ながら病気で倒壊の危険があるそう。
公園の東端にフンボルト家の墓地があった。やはりシンケルのデザインによるもので、ローマ神話の希望を司る女神スペースの像を載せた円柱が建っている(カロリーネの墓石の代わりに造られたものだそうだ)。フンボルト兄弟もここに眠る。素晴らしい邸宅を手にした兄に対して、弟のアレクサンダーは、相続で得た自分の農場を売り払ってまでして、約5年に及ぶ中南米への探検と、その学術成果をパリで発表するための費用を捻出しようとしたという。8人の子供をもうけた兄に対し、弟は生涯独身だった。
この墓地から少し離れた斜面に、少年期のフンボルト兄弟の家庭教師だったクントという人の墓がある。後に並外れた人物となる兄弟にどんな教育を授けたのだろうかと、小さな子を持つ父親としてふと思ってしまった。
(ドイツニュースダイジェスト 9月8日)
Information
テーゲル館
Schloss Tegel
そもそもは1558年に建てられた領主の館にさかのぼる。所有者が何度も変わった後、18世紀半ばに、貴族のフンボルト家に譲られた。ここには今もヴィルヘルム・フォン・フンボルトの子孫が住んでいる。夏の開館期間中は、毎週月曜の10、11、15、16時に約1時間のガイドツアーが行われる(ドイツ語のみ)。入場料は12ユーロ(割引10ユーロ)。
開館:毎年5月から9月の月曜(2017年は9月25日まで)
住所:Adelheidallee 19, 13507 Berlin
電話番号:030-4343156
フンボルト・フォーラム
Humboldt Forum
現在中心部に再建中のベルリン王宮は、フンボルト・フォーラムの名で呼ばれる。フンボルト兄弟の精神を体現して、世界の様々な文化の対話の場を目指すというのがその由来。今年はヴィルヘルムの生誕250周年。アレクサンダー・フォン・フンボルトの生誕250年に当たる2019年9月に、この複合文化施設をオープンさせたいという案も上がっている。
住所:Schloßplatz 7, 10178 Berlin
URL:www.humboldtforum.com