何年住んでいてもドイツの冬の寒さは身にこたえるが、「今週末の気温は零下10度を下回る見込み」などという予報を耳にすると、たじろぐ反面、心のどこかでときめいている自分がいる。そんな予報が出された1月末、ある期待を胸に、テーゲル湖畔を歩いてみようと思った。
テーゲルというと多くの人は空港を思い浮かべるだろうが、この地名は、ベルリン北西にあるテーゲル湖から来ている。そもそも“Tegel“とは「ペンダント」を意味するスラブ語に由来するという。ハーフェル川をひもに見立てると、湖がペンダントのように見えるから、ということらしい。
地下鉄U6の終点駅Alt-Tegelの地上に出ると、Alt-Tegelという同名の通りが湖畔に向かって続いている。両側にカフェやレストランが建ち並ぶ通りを歩いて行くと、向かいの太陽の光を浴び、表面が淡い光沢で輝くテーゲル湖が姿を現した。この幻想的な眺めを目にするまで、ツォー駅からわずか30分強。地下鉄だけで気軽に来られる散歩コースとして広くお勧めしたい場所だ。
ここから南に伸びている並木道が、グリニッジプロムナーデ(Greenwichpromenade)。このライニッケンドルフ地区とロンドンのグリニッジ特別区が姉妹関係にあることから名付けられ、ロンドンから贈られた赤いポストが湖畔に飾られている。
この日はそれとは反対の北側の湖畔を歩いた。最初に渡るのが、長さ90メートルの鉄骨製の立派な歩道橋「ハーフェン・ブリュッケ」。20世紀初頭、この周辺がベルリンっ子のハイキングコースとして栄えるようになり、増える行楽客の需要に応じて建てられた橋だ。当初は休日に通行料を取っていたらしい。
テーゲル湖はベルリンの湖の中でも透明度が高いそうだ。そのためだろうか、氷の張った湖面は澄んだ美しい色合いを帯び、そこにほのかにかかった雪がお砂糖のようで、美味しそうにも見えた。
湖畔を歩きながら、私はあるタイミングを見計らっていた。湖の上を歩いてみたかったのだ。氷点下の日が続いていたとはいえ、さすがにこの広大な湖が完全凍結するには至っていないようだが、無数の足跡が付いている箇所を見付け、おそるおそる湖面に足を乗せてみた。これなら大丈夫と思った矢先、自転車に乗ったおじさんがスイスイと目の前を通り過ぎ、あれよという間に湖のかなた先まで行ってしまった。「そんな遠くまで行ってしまって大丈夫かあ?」と私は内心ハラハラしたが、うっすら靄がかかった真っ白な湖面の上を自転車に乗ったおじさんが1人駆け抜ける光景など、そうめったに見られるものではない。
テーゲル湖の北端まで来たのは、ある「再会」を果たすためでもあった。少し迷いながら「Dicke Marie」と書かれた木彫りの表示板の奥を歩くと、1本の巨木が現れた。通称「ふとっちょマリー」。樹齢約900年のベルリン最古といわれる巨木である。山火事や伐採にも遭わず、ベルリンの血なまぐさい歴史とも無縁であり続けることができたマリーは、以前夏に来たときとは別の、孤高の生命力を放っていた。
寒さで手足がかじかんできたが、雄大な時間の流れの中に身を置いて、英気が養われた気がした。
(ドイツニュースダイジェスト 3月1日)
Information
テーゲル湖
Tegeler See
ライニッケンドルフ地区にある450ヘクタールの湖。東部のミュッゲル湖に続き、ベルリンで2番目の規模を持つ。交通の便の良さもあって、年間を通じてベルリーナーの散歩コースとして人気が高い。グリニッジプロムナーデからは観光船も出ており、ここからシュパンダウやポツダムまでの遊覧もお勧め。対岸の海水浴場Freibad Tegeler Seeは、夏期には多くの人で賑わう。Alt-Tegel駅前に観光案内所がある。
オープン:4月から10月までの月〜金10:00〜18:00、土10:00〜16:00
住所:Alt-TegelとTreskowstr.の角
電話番号:030-4360 7312
URL:www.tourismusinfo-berlin.de
ふとっちょマリー
Dicke Marie
1107年頃に発芽したといわれるヨーロッパナラ。現在、直径6.65メートル、高さ26メートルあり、1244年を発祥とするベルリン市よりも多く年輪を重ねてきた。愛称の由来は、1800年頃、近くのお城に住んでいたフンボルト兄弟が、肉付きのいい彼らの料理女に因んで名付けたとされる。1778年には、かのゲーテも訪れた。天然記念物に指定されているだけあって、市街図にも掲載されているほど。