この度岩波ブックレットから『明子のピアノ 被爆をこえて奏で継ぐ』を刊行させていただきました。
岩波書店のHPでは、本の内容がこのように紹介されています。
一九歳で広島の原爆に命を奪われた河本明子さん。その愛奏していたピアノは、戦後、長い沈黙ののち偶然に近い形で発見され、このピアノに思いを寄せる人々の尽力で響きを取り戻す。やがてマルタ・アルゲリッチ、藤倉大など世界的音楽家たちが加わり、平和のハーモニーは広がる――。原爆の記憶を奏で継ぎ、未来に繋げる物語。
ベルリンに住んでいる私が、そもそもなぜ広島の原爆をテーマにした物語を書くことになったのか少しお話ししたいと思います。2017年夏に岩波書店の雑誌「世界」にダニエル・バレンボイムのインタビュー記事を寄稿した後、ある読者の方から熱いご感想をいただきました。元海外商社マンというその方は、バレンボイムとウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団の理念に深い感銘を受け、いつか彼らがアジア、そして日本で公演を行うのを夢見ているとのこと。何度かやり取りをしているうちに、その方の長年の友人というKAJIMOTO元副社長の佐藤正治さんをご紹介いただき、今度は佐藤さんとメールでの交流が始まりました。佐藤さんは平和問題に強い関心をお持ちで、日本で最初にエル・システマを紹介したのも佐藤さんだったと知ることにもなります。後になって思い出したのですが、2016年に私が書いたエル・システマジャパンの連載2回でも佐藤さんのことを少し触れていたのでした。
2018年に入ってから、佐藤正治さんがいま特に力を入れているプロジェクトとして教えてくださったのが「明子さんのピアノ」と呼ばれる被爆ピアノをめぐる物語、そして広島交響楽団の「Music for Peace」でした。そのときはまだ明子さんのことを詳しくは知らなかったのですが、「このピアノを芸術品として社会に伝えたい」という佐藤さんの並々ならぬ情熱に次第に心惹かれるようになっていました。そんな矢先、広島交響楽団が2019年8月にワルシャワで公演を開催すると知り、ぜひ聴きに行こうと決意。そして、ありがたいことに、そのタイミングで岩波ブックレットの企画として実現することになりました。
昨年夏のワルシャワでの取材に加えて、私は今年2月に広島を訪れ、調律師の坂井原浩さんや二口とみゑさんを始め、明子さんのピアノ縁の方々にインタビューをすることができました。今から思えば、コロナ禍で移動の自由が制限される直前のギリギリのタイミングだったと思います。
本書をまとめる上で一番大変だったのは、明子さんと河本一家の生涯を綴った第2章でした。それは何より、明子さんが原爆で亡くなったという事実の重さと、明子さんと父の源吉さんが残した膨大な量の日記の存在ゆえでした。河本夫妻をよく知る二口さん、そして数年前から日記の解読を進めている元中学英語教師の廣谷明人さんには、とりわけ助けられました。お2人と頻繁にメールのやり取りをする中で、いくつもの発見がありました。例えば、明子さんのピアノの先生だった方に、二口さんも子どもの頃に習っていらしたこと。そのピアノの先生には息子さんが4人おられ、四男さんは学徒動員中に被爆して、行方不明に。ご遺族は今も消息を探していらっしゃること。そのご遺族の一人が現在英語の先生をされていて、二口さんとの接点が再び生まれたこと……。個々の事実が明子さんのピアノや共通の知人等を通じて、不思議な連関を見せるようになっていました。そしてそのつながりは、原爆投下までごく普通に営まれていた人々の日常をも想起させるものでした。
日頃ドイツやベルリンをテーマに執筆している私にとって、自分により直接つながる日本の近現代史、それも以前から強い想いを抱いていた広島について書く機会をいただけたことは、たいへん大きな経験になりました。ご協力いただいた方々、そしてそのご縁に心から感謝申し上げたいと思います。
最後に重要な追加情報を。まず、本書でご紹介している藤倉大さん作曲のピアノ協奏曲第4番《Akiko’s Piano》が、8月5日と6日に下野竜也指揮広島交響楽団により初演されます(詳しくはこちら)。ピアノ独奏は、マルタ・アルゲリッチさんから萩原麻未さんへと変更になりました。6日のコンサートはインターネットで無料ライブ配信されます。私も楽しみにしているところです。
また終戦記念日の8月15日の18時からはドキュメンタリードラマ「Akiko’s Piano 被爆したピアノが奏でる和音(おと)」が、NHK BSプレミアムにて放映されます。ぜひ本書とともに、音楽と映像で明子さんとそのピアノをめぐる物語に触れていただけたらと思います。
ドキュメンタリードラマ「Akiko’s Piano 被爆したピアノが奏でる和音おと」
【放送予定】8月15日(土)[BSプレミアム・BS4K(同時放送)]後6:00〜7:29
【脚本】田中眞一
【出演】芳根京子、田中哲司、真飛 聖、町田啓太 ほか
【制作統括】樋口俊一、坂部康二、山本喜彦
ご本を拝読しました。
特に、藤倉大さんのピアノ協奏曲をめぐる記述に勢いがあり、一気に読みました。
どうもありがとうございます。
ベルリンでもいろいろと大変なことが多いと思いますが、くれぐれもご自愛ください。今後ますますのご活躍をお祈りします。
magicbassoonさま
去年ご丁寧なコメントをいただいておりながら、見落としてしまっておりました。たいへん申し訳ありません。『明子のピアノ』のご感想、とても嬉しく拝読しました。magicbassoonさんのブログは以前から折に触れて愛読していました。またチェックさせていただきますね。これからもどうぞよろしくお願いいたします。