フィルハーモニーの「音楽の日」

フィルハーモニーで年に1度開催される”Tag der Musik – Die offene Philharmonie”は、私が毎回楽しみにしている入場無料のイベント。「音楽の日」と名付けられた、このホールのオープンデーである。このイベントはそもそも2003年にフィルハーモニーの40周年記念行事として行われたのが最初だったのだが、その後は年に1回の行事として定着し、今回が3回目である。
2年半前、ふらりとこの場に足を運んだ時、私はそのアイデアと実行力に感動し、こういうことが日本でも普通に実現するようになったらどんなにすばらしいだろうという思いを抱き続けてきた。というわけで、今回は先週日曜日のその模様をご紹介してみたい。
日曜日のお昼、ホールの中に入ってまず気付くのは子供連れの親子がとても多いことだ。イギリス人のサイモン・ラトルが2002年に音楽監督になってから、ベルリン・フィルは教育プログラムに力を入れるようになったが、それはこの日も例外ではなかった。会場内にはピアノや打楽器が置いてあって、子供たちがそれらで自由に遊んでいる。至るところに写っている風船は、無料で配られるもの。
入り口でまずその日のプログラムを渡される。これが「たった1日だけでこれだけの数が!」とびっくりするくらい多彩に富んでいるのだ。通常形式のコンサートはもちろん、教育プログラムやワークショップ、ディスカッション、公開レッスンに舞台裏や音響スタジオを回るツアーと、とにかく盛りだくさん。
そして、ベルリン・フィルのメンバーによるおびただしい数の室内楽のコンサートが開かれる。普段フィルハーモニーのコンサートの会場は大ホールと室内楽ホールだけだが、この日はありとあらゆる場所で音楽が奏でられる。例えば、指揮者室や楽員さんたちの楽屋、ロビーやカンティーネなどなど。普段なら入れないような舞台裏まで自由に行き来できるので、冒険心のようなものがくすぐられる。ちょっとした学園祭気分の日曜日。
ほとんどのコンサートは30分から45分の長さ。これは子供にとっても、普段あまりクラシックのコンサートに来ない人にも、ちょうどいい長さかもしれない。コンサートはいろいろな場所で同時進行で行われていて、幅広くいろいろなものを少しずつ楽しめるようになっている。途中で飽きてしまったら、他の場所に行って違うプログラムを聴くこともできるし、お腹がすいたら下で開いている出店に行って、適当に何か買って食べる。演奏はその多くがベルリン・フィルのメンバーによるものなので、もちろん指折りつきだ。繰り返すが、どのコンサートも全て無料(これは大事な点)。何という贅沢なことだろうか。
どんなにすばらしいイベントでもあまりにコストがかかるようだと、その価値も半減してしまうと思うのだが、実は見た目ほどお金はかかってはいないのではないかと一緒に聴いていた友達と話していた。いくつかのコンサートはこの後のアメリカ・ツアーの公開練習も兼ねていたから効率的だし、赤いシャツを着た会場内のスタッフたちがボランティアに近い人たちだとしたら、人件費はそれほどかかっていない。この日訪れた人の間から、こういうイベントがあったと口コミで広がれば来年以降につながるだろうし(実際来場者の数は昨年よりも明らかに多かった)、この日の子供たちの中からフィルハーモニーの将来の聴衆も出てくるはずだ。この「音楽の日」イベントは1回限りのお祭りではなく、長い目で聴衆を育てようという趣向が至るところで感じられた。
お昼頃フィルハーモニーに行ってみると、小さい場所でのコンサートはすでに満員で入れず、私がちゃんと聴けたのは室内楽ホールでのモーツァルトの「グラン・パルティータ」が最初。これも完全に満員で、私は床に座って聴くことになった。この日の会場の雰囲気は、普段のコンサートの時とは少し違う。子供が多いので、泣き声が聞こえてくることもあるし、楽章間で拍手が入ることもある。うっかり手を離した風船がひらひら上空に飛んでくることがあれば、演奏中静かな部分で風船がいきなりパーンと勢いよく破裂するハプニングなどもあって、これにはさすがに誰もがびっくり^^;)。しかし、ラトルとベルリン・フィルのメンバーはそのような打ち解けた雰囲気をも楽しんでいるかのように、幸福感一杯のモーツァルトを聴かせてくれた。演奏後は普段以上に熱狂的な拍手が送られる。何とオープンな空間だろうと私は思った。
その後、ホルン奏者Sarah Willisさんの絶妙トークに率いられた金管アンサンブルと、有名な「12人のチェリスト」の演奏も心から楽しめるものだった。私は聞き逃してしまったが、ルチアーノ・ベリオの木管5重奏を題材にした子供向けのプログラムは、楽器紹介やパントマイムも交えて、ホールはいつも笑いに包まれていたという。指揮を勉強している友達から聞いた話だ。
恒例のくじ引きの発表が行われた後、最後締めのコンサートは大ホールにて。プログラムはR.シュトラウスの「英雄の生涯」という重量級。これは来週のニューヨーク公演のゲネプロも兼ねていたらしい。すでに相当お疲れだっただろうに、ラトルとフル編成のベルリン・フィルはここでもすばらしく熱い演奏を聴かせてくれた。ラトルにはさらにこの後、同曲の新譜発売に合わせたサイン会も控えていたというから、プロモーションも兼ねていたのだろう。人気者は大変だ。
11時から始まって、終わったのは19時半も近い頃。長い1日だったけれど、周りを見渡すとみんな満足そうな顔をしている。私も本当に楽しんだし、日本でもこういうことが実現すればいいのになと、やはり思ってしまう。
とにかく、サイモン・ラトルとベルリン・フィルのメンバー、及びスタッフの方々には心からの感謝の気持ちと拍手を送りたい◎

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14 Responses

  1. nezumix
    nezumix at · Reply

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    うわぁ〜、楽しそう♪
    ベルリンフィルというと硬いイメージがあるけど、指揮者によってそんなにカラーが変わるものなんだねぇ。クラシック全然詳しくないんだけど、聴くのは大好きなので、来年は誘ってちょうだいね〜。

  2. hummel_hummel
    hummel_hummel at · Reply

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    超人気イベントでしたね。いくら無料という響きに弱すぎのドイツ人でも、ここまで集まるとは!BPO人気の高さに驚きました。なにより子供達にとって素晴らしい教育プログラムだったでしょう。

    >実は見た目ほどお金はかかってはいない
    その通りですね。スタッフの使い方や、プローベ&セールスを併せている点で、とてもうまい運営方法だと思いました。

    本当に楽しく充実した一日でしたね。マサトさんに教えていただいたお陰です。Vielen Dank!!

  3. berlinHbf
    berlinHbf at · Reply

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    >nezumixさん
    そうなんですよ~。指揮者によっていろいろなことががらりと変わります。彼らはいかにしてお客さんをホールに来てもらうかということをよく考えていますね。次回はぜひ一緒に行きましょう~。

    >フンメルさん
    ドイツであれほどの人ごみに出くわすのは珍しいことですよね。
    すでに世界的な名声のある楽団なのに、常に新しいことを追求する姿勢には感服します。ベルリン・フィルが、まずはベルリン市民あってのオーケストラなのだということが実感できた1日でした!

  4. koliusu
    koliusu at · Reply

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    楽しそうですね、羨ましい、日本では一日かけてのクラシックイベントなど
    考えられませんね~。
    世界一のベルリンフィルの演奏、飽きるほど聴いてみたいです。

  5. akberlin
    akberlin at · Reply

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    昨年は行けたのですが、今年は別な用事で行けませんでした。
    でもいいイベントですよね、将来のオーケストラを支える世代を
    育てよう、という長期的な展望のイベントで。
    一過性ではなく、長い目で見る、ということの大切さをあらためて
    感じます。

  6. Nana
    Nana at · Reply

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    少し前にフンメルさんのところでコメントさせていただいたんですが、なんと!あの日、私もフィルハーモニーにいました!ほんの数時間ですが・・・
    用事で2日間ベルリンにいたもので、帰り際にこの催し物のことを聞いてとりあえず行ってみたら、あんなすごいことになっていてビックリでした!一日中楽しめたらどんなによかっただろうと思いますが、その日にフライブルクに戻らなくてはならなくて3時頃引き上げました。ほんとにあんな豪華なプログラムが無料だなんて、さすがベルリンフィルのメンバーの実力と広い心が実現させたのだなぁ、と思いました。でも実際、子供の波に押され、もう体力も限界でした・・・

  7. berlinHbf
    berlinHbf at · Reply

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    >koliusuさん
    はじめまして!日本では去年、「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」という低価格でいろいろなものが楽しめる音楽祭が成功を収めたようですね。こういうのがこれからもっと活発化していけばいいなと思います。

    >akberlinさん
    今回一緒に聴いた方と話していましたが、このイベントに来た子供100人のうち、そこから数人でも将来のフィルハーモニーのお客さんが出てきてくれたなら、この行事の意義は十分にあるのかもしれません。

  8. berlinHbf
    berlinHbf at · Reply

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    >Nanaさん
    なんと、あの場にいらっしゃったのですか!ひょっとしたら、どこかですれ違っていたのかもしれませんね^^;)。フライブルクから来られたのに、2日の日程では、かなりキツかったでしょう。お互いもっと近ければいいのですが・・今度はもっと余裕のある日程で来れるといいですね!

  9. Yozakura
    Yozakura at · Reply

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    ベルリン中央駅様:謹賀新年
     Yozakuraです。久し振りに訪問しましたところ、ベルリンフィルによる「音楽の日:無料音楽教室」の詳細な特集に、夢中で読み進みました。これだけボリュームのある音楽教室が無料とは、懐の深い経営に感嘆頻りです。
     何よりも、社会生活に占める音楽の位置付けやオーケストラの存在価値が、非常に高く評価されている現実を目の当たりして、日本との根本的な相違を痛感しています。そちらベルリンでも、或いは、限定された愛好家の間だけの現象なのかも知れませんが、市民の日常生活の中にクラシック音楽が深く根づいている事実に覚醒し、他人の国の出来事ながら、暫し陶然としました。素晴らしい体験の御紹介、有難う御座います。お元気で。2006/01/19(木曜日) Yozakura 敬白

  10. berlinHbf
    berlinHbf at · Reply

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    >Yozakuraさん
    ご丁寧な感想をいただき、ありがとうございます。ベルリンに住んでいると、「これは日本の人たちにぜひとも伝えたい!」というような出来事やイベントに遭遇することが少なくないのですが、今回の「音楽の日」はその中でも筆頭クラスで、いつか書きたいと思っていました。

    おっしゃっているベルリンの音楽環境のお話は、大変よくわかります。私も常日頃感じることがあるので、近いうちにぜひそのことについて書いてみたいと思っています。今年もどうぞよろしくお願い致します。

  11. Yozakura
    Yozakura at · Reply

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    中央駅さま
     Yozakuraです。来月初旬、当地より比較的近場にある獨協大学(埼玉県草加市)にて、このベルリンフィル金管楽器メンバー(two trumpeters, one horner, one tubaist, one trombonist) による(1)音楽教室、(2)ミニ・コンサートが開催される予定です。当日、参加できましたら、演奏会の模様など御知らせします。お元気で。2006/02/06(月曜日) Yozakura 敬白

  12. berlinHbf
    berlinHbf at · Reply

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    >Yozakuraさん
    コメントをたくさんいただき、ありがとうございます!コンサートだけでなく、ベルリンフィルのメンバーがどういう教え方をするのかも興味深いですね。シャミッソーの記事へのお返事はもう少々お待ちください。

  13. Yozakura
    Yozakura at · Reply

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    中央駅さま:落選通知あり
     Yozakuraです。先日御知らせした、上記・ベルリンフィル金管五重奏団による(1)音楽教室、(2)ミニ・コンサートの件ですが、本日、落選通知がありました。これは、「日本に於けるドイツ年記念行事の一環」として開催されるもので、同大学からの公募抽選に基づく招待を以って入場可能となる催事でした。
     応募者が公募人数の4.5倍にも達したため抽選も激戦となり、日頃の素行の所為でしょうか、Yozakuraはものの見事に落選、本日、その残念通知が届いた処です。折角、中央駅さんから「—どういう教え方をするのかも興味深いですね—-」とご期待を寄せて頂いたのですが、そう云う次第で、この行事へは参加不能となり、何もお伝えできず仕舞いとなりました。申し訳ないです。ご了解頂ければ、幸いです。
     こちらのBlogでは音楽教室への参加も容易で、当日の盛況ぶりも丁寧且つ詳細に報告されていましたが、当地にあっては、ベルリンフィルメンバーによる音楽教室までの道ノリは、真に遠く険しいものがある様です。
     また、映画祭の状況紹介など、楽しみにしております。今後とも、御活躍ください。お元気で。 2006/02/18(土曜日) Yozakura 敬白

  14. berlinHbf
    berlinHbf at · Reply

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    >Yozakuraさん
    ご報告ありがとうございます。「落選通知」とは大変残念でしたね・・無料のイベントで「音楽教室」という場なのだから、観たい人が自由に参加できればいいのに、最初にまず「定員」を決めるという、形から入るところが日本らしいなと思ってしまいました。クラシックといえど、こちらの人はもっと大らかに楽しんでいますよ。今回は残念でしたが、また別の機会があると思います。こちらからも何かおもしろいイベントがあったら、またご紹介するつもりでおります。

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