前回に続いて、フンボルト・フォーラムの展示「ベルリン・グローバル」の後半をご紹介したいと思います。Grenzen(境界)という部屋に足を踏み入れると、床に描かれたベルリンの地図が光で照らし出されました。ベルリンで境界というと、私はまず1961年から89年までこの町を東西に分断していた壁を思い浮かべます。しかし、この展示では境界という概念をより広い視野から捉えているようです。
例えば、ガラスケースの中に、古い腕輪が収められていました。これは1933年以降、ナチによって社会から排除(Ausgrenzen)されたベルリンのユダヤ人が所有していたものだそう。説明には、当時このような略奪行為から恩恵を受けていた人が多くいたことが紹介されます。その近くには、20世紀初頭のアフリカの地図が置かれていました。1884年のベルリン会議では列強の間でアフリカ分割について話し合われました。展示の説明を借りるなら、「欧州の植民地主義は現地の人々への抑圧と搾取の上に成り立っており、人種的な分け隔て(Abgrenzen)に基づいていた」。フンボルト・フォーラムのメイン展示である民族学博物館はアフリカのコレクションも多く、それらはドイツの植民地主義の歴史と密接な関わりがあるだけに、「境界」という主題はこのフォーラムの根幹に関わることなのだと思います。
目に見えなくても「境界」を感じることはあります。例えば近年のベルリンにおける貧富の格差、あるいは車椅子で生活している人がこの町のどういうところに壁を感じるか、というところにも光を当てているのが新鮮でした。
続く部屋のテーマは、「娯楽」(Vergnügen)。これもまたベルリンらしい主題でしょう。1900年頃にベルリンで生まれ、一種のブームになった木製の皇帝パノラマが目に入ります。当時、わずかな入場料を払って、像の中を覗き込むと、世界中の名所の写真が立体的に浮かび上がり、人々は見知らぬ世界への憧れを掻き立てたのでした。その奥には巨大なミラーボールが……。その中に入ると、1920年代に大流行したフォックストロットからヒップホップまで、ベルリンのダンスやクラブシーンを彩ってきた音楽を聴くことができます。
かつて同じ場所に建っていた共和国宮殿の雰囲気を再現した一角がありました。当時、この宮殿には人民議会に加えて、大ホールがあり、世界的なミュージシャンも登場しました。それだけでなく、東ドイツではまだ珍しかったボーリング場、ディスコ、各種レストランがあり、重要な娯楽施設も兼ね備えていました。もっとも、ここで行われたイベントは「兄弟国」からのゲストだったり、体制側の意に沿ったものであったりという制限はあったわけですが。
さて、次の部屋のテーマは「戦争」(Krieg)。ベルリンが戦争の歴史に深く刻印された都市であることは言うまでもないでしょう。20世紀のドイツが関与した戦争を紹介した大きなパネルには、2つの世界大戦に加えて、義和団の乱(1900〜1901)、ヘレロ・ナマクア虐殺(1904〜08)、マジ・マジ戦争(1905〜08)など、一般的にはほとんど知られていないドイツの植民地で起きた戦争や虐殺についても光が当てられます。
展示では、強制労働、略奪など、あらゆる野蛮行為がそれぞれの戦争でどのように起こり、それを支えるプロパガンダがどう機能したのかなどが、簡潔かつ広い視野から説明されます。特に印象深かったのは、戦争に関わる現在の数字がLEDのディスプレイで表示され、戦争と今とを結びつける試みがなされていたこと。例えば、ナチ時代に迫害され犠牲になった人々を記憶に留める「つまずきの石」の数(8426個)、ベルリンにやって来た難民の数(4589人)、外国で活動するドイツ軍の数(3198人)などです(いずれも2020年の数字)。私がこの展示を訪れたのは2021年末ですが、ロシアによるウクライナ侵攻が起きて、ヨーロッパが戦時下に置かれた今、ここに示される数字はより切実な色合いを帯びたものになっているはずです。
その先の部屋は「ファッション」(Mode)。ベルリンの多様性のシンボルとして、カラフルなファッションがたくさん登場します。しかし、ここで提示されるのはベルリンのファッションの華やかな側面だけではありません。ナチが台頭するまで、ベルリンの服飾業界を担っていたのはユダヤ人でした。彼らがナチにより不買運動などを経て、やがて解体されるに至ります。洋服はまた、服飾産業の商品でもあります。かつてはベルリンで生産されていたものが、安価な生産費で利益を上げるため、現在はバングラデシュやエチオピアといった国々で生産されている現実にも触れられます。
最後の部屋は「相互的なつながり」(Verflechtung)。カラフルなインスタレーションが天井に吊るされています。ここではベルリンと世界の他の場所との結びつきがテーマになっており、さまざまな背景を持つ15人のベルリナーのポートレートが紹介されます。ベルリンと自分とのつながりを紹介する地図で私の出身地を入れてみたら、ちゃんと「横須賀市」が出てきたので嬉しかったです(なぜか「千葉県」になっていましたが・笑)。
リストバンドで答えた結果を受け取ってからWeltstudioという最後の部屋に行くと、頭上にレールが張り巡らされ、その中を玉が転がる精巧なインスタレーションが目に留まりました。自分で体験できるというので、興味を示した息子がやってみることにしました。紙に自分の名前や絵を描いて、それを木製の球の中に入れます。その球を係の人がレールに入れ込むと、球が線路を走るように動き出します。やがて、別の球が出口から出てきたので、そこに入っている紙を取り出すと、「Steffi, Hamburg」と書かれた子供の絵でした。ハンブルクに住むシュテフィちゃんという女の子が描いた絵のようでした。息子は喜び、この絵は今も取ってあります。そして息子が描いた紙は、今はどなたかの手に渡っているのかもしれません。
ベルリンという都市をグローバルな視点で捉え直したこの展示では、訪れた人が自分とこの都市との関わりを見つけることのできる多くの工夫が凝らされています。同じベルリン市立博物館財団が運営するメルキッシュ博物館のBerlinZeitという常設展と合わせて見れば、この町への理解がさらに深まるでしょう。今年は日本からの旅行者も再びベルリンに来られるようになるといいのですが。
フンボルト・フォーラムの「BERLIN GLOBAL」
公式サイトの日本語ページ
開館時間:
月、水、土、日10:00〜20:00
金、土10:00〜22:00
火曜定休