Oderberger Str.にて(2008年6月9日) プレンツラウアーベルク地区を歩いていて、このような古色蒼然たる風情のアパートに出会うと、思わず足を止めて眺め入ってしまう。壁崩壊から20年経って、この地区でボロボ…
しばらくご無沙汰していました。 先週は自分にとって仕事上の大きなプロジェクトが始動したこともあって、ブログを更新する暇がほとんど取れませんでした。忙しい1週間でしたが、大変充実していました。いつかブログでもその成果につい…
Gr.Hamburger Straßeにて(2月27日) 日本からのお客さんと一緒に歩いていると、「今自分がいるのは(壁のあった時代の)東側なのか西側なのか?」と聞かれることが少なくありません。大抵はすぐに答えられるので…
現在発売中の「音楽の友」4月号に、2月のベルリン・フィル定期演奏会の模様と、最近同オケを退団された安永徹さんのドイツ連邦功労賞受章式のレポート記事を書かせていただきました。一読いただけるとうれしく思います。 昨年、安永さ…
Kolonnenbrückeにて(2008年8月3日) ベルリンでは何気ない場所にすごいものが存在するのだが、その例として、今日はこんなものをご紹介したいと思う。 それは、前回マレーネ・ディートリッヒの生家で紹介した「赤…
Leberstraßeにて(2008年8月) ベルリン生まれのもっとも有名な女性といったら、今でもやはりこの人だろうか。 マレーネ・ディートリッヒ(1901-1992)。彼女の生家は、シェーネベルク地区東端の三角地帯、通…
Hallesche Straßeにて(2006年8月25日) ベルリン市が「壁崩壊20周年」キャンペーンを大々的に展開しているせいか、今年に入ってから街角や新聞で”Mauerfall 20 JahreR…
ベルリンの壁が飾られていたHotel Westin Grandにて(3月7日) 約2週間に及んだ旅の日々が終わり、一昨日母が帰国の途につきました。 フランクフルト・オーダー以降の日々をここでざっと振り返ってみたいと思いま…
ベルリンのノイケルン。数年前に起きた公立学校での暴力事件以来、何かと悪しきイメージがつきまとうこの地区ですが、「決してそれだけではありませんよ!」という地元住民からのエールを込めて、今回はノイケルンの最近事情をご紹介した…
5日は、ライプチヒからベルリンへ一旦戻って、フランクフルト・オーダーへ。ドイツとポーランドとのこの国境の町のことは、3年半前に一度紹介したことがあります。 関連記事: ポーランド日帰り国境越えの旅(1) (2005-10…
ウィーンから飛行機で一旦ベルリンに戻って、4日はライプチヒへ。ベルリンのSüdkreuz駅からICEに乗ってちょうど1時間。こんなに近かったのかと驚きました。 前回ライプチヒに来たのは2005年の年末だから、あれからもう…
しばらくご無沙汰していました。 実は、少し前から実家の母がこちらに来ています。先日ご紹介した早稲田大学交響楽団(ワセオケ)のヨーロッパツアーに私の一番下の弟が参加することになり、旅行を兼ねていつかの公演を見て回ることにな…
今年に入ってどうもゆっくりブログを更新する余裕がないまま、2月ももう終わりに近づいた。記憶から遠ざからないうちに、最近聴いたコンサートの印象をざっとまとめておこうと思います。 昨年異常なまでにテンションの高いショスタコー…
1月に書いた、ナチス時代の街灯と合わせて紹介したい街灯が東側にあります。かつてのDDR政府が威信をかけて整備したカール・マルクス大通り。ここに1950年代に造られた街灯が並び立っています。 関連記事: 特選ベルリン街灯図…
前回ご紹介したRoßstraßebrückeからInselbrückeまでの2つの橋の間は、歴史的な建築物が立ち並ぶ。初めてここに来た時、「こういう場所がベルリンにあるのか」と結構感動したものだ。2年前に訪れたコペンハー…


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