カール・マルクス通りを歩く(3)

前回少し触れたが、壁崩壊後この通りは文化財保護区域に指定されたため、通り沿いのアパートは90年代にきれいに修復された。ところが、この恩恵に浴していないものがある。それが1950年代に立てられた街灯だ。上の例はまだ状態がいいもので、ガラスが割れているもの、片方のランプしかないものなど、その損傷は著しい。
このように、根こそぎ抜かれているものまで見受けられた。日本と違って、地震が起こるわけではないのに、どうしてこうなったのか私にはわからない。先日、ある新聞の記事で読んだが、この通り沿いの215もの街灯のうち、約160は完全に新しいものに取り替える必要があるとのこと。その工事は今年から始まり、2006年中には終わらせる見込みのようだ。街灯はDDR(東ドイツ)オリジナルのものに統一されるという。
散歩に疲れたらカフェに入って、一休みしよう。カール・マルクス通りには感じのよさそうなカフェをいくつか見かけたが、ひとつ挙げるとしたら、Cafe Sibylleだろうか(写真左)。DDR時代は、東ベルリンで最も人気のあるカフェのひとつだったという。1997年に一度閉鎖されるも、2001年に再オープン。現在はカフェとしてだけでなく、カール・マルクス通りのインフォメーションセンターにもなっていて、通りの歴史についての展示物が置かれている。また、電話で事前予約すれば、この建物の屋上にある展望台から、通りを一望することができるそうだ。私はここでアイスコーヒーを飲んだが、西に比べると大分安かった。
Cafe Sibylle
Karl-Marx-Allee 72
Tel. 030 – 2935 2203
私はレンタカーで車を借りる機会があると、必ず一度はこのカール・マルクスアレーに向かってしまう。社会主義時代はメーデーなどの政治パレードに使われただけあって、道幅が異常に広い。また、道なりはひたすら真っ直なので、運転していて気分が晴れ晴れとしてくるのである。夕暮れ時は、この通りから望むテレビ塔がまた美しい。
さらに先に行くと、右手にKino Kosmosという映画館が見えてくる(Karl-Marx-Allee 131a)。この独特の形状をした建物は、客席数が1001あり、DDR時代東ベルリン最大の映画館だったという。
終点のフランクフルト門が近づいてきた。写真に見える、左右2つの塔について、前回も引用させてもらった杉本俊多氏の「ベルリン」には次の記述がある。

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フランクフルト門の交差点には、背の高いドーム屋根をいただく建物が、やはり道路を挟んで左右対称に配置されたが、これはかのジャンダルマン・マルクト広場のフランス教会堂、ドイツ教会堂の双子教会堂をモデルにしているようで、これもまたバロック的趣味を示していた。

ジャンダルマン・マルクト広場の塔もいつか紹介したいが、なるほど、両者は確かに似ている。それにしても、1950年代のこの誇大な建築群に、その120年以上前に流行ったベルリン新古典主義からの引用が見られるとは、なかなか興味深い。
いかがだったでしょうか。ベルリンにはこういう通りがあるのです。しかし、3回も続けて「大きいことはいいことだ」の見本のような建物ばかりを見せられると、うんざりしてくる方もいらっしゃるのでは。東ものが続いたので、次回のベルリンガイドでは西側に戻るつもりです。

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14 Responses

  1. 415
    415 at · Reply

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    英語のalleyは小道ですが、ドイツ語のalleeは大きな道路ですね。
    アレーとストラッセの違いはどのへんですか?
    友人の案内でローザルクセンブルグのイタリア料理店に行きましたが、ずいぶんさびれた雰囲気でした。夜だったので、街灯の少なさによけいにそう思ったのかもしれませんが・・・
    ガイドブックには華やかな所ばかり載っていますが、多くは戦後復興させたものも多く、ノー天気な観光客でいられないような思いです。去年ベルリンを訪れて、この地図の先にはこんな風景があったのかと、思いを新たにしています。

  2. berlinHbf
    berlinHbf at · Reply

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    "Allee"と"Strasse"の違い、重要なご指摘ですね。ベルリンの地図をざっと見て思ったのは、

    ○"Allee"は西よりも東側に多い。
    ○町の中心から外側に向かって伸びていく、東側の長い通りに"Allee"の名が付けられていることが多い。
    ○「クーダム」のように、"Damm"が付いている通りが西側にはあるが、これは東にはほとんど見られない。

    Karl-Marx-Alleeも「カール・マルクス大通り」と訳したほうがよかったかもしれません^^;)。なぜなら、ベルリンにはKarl-Marx-Strasseもあるので。

  3. berlinHbf
    berlinHbf at · Reply

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    あと、Karl-Marx-Alleeは、"Boulevard(ブルヴァール)"と呼ばれることも多いですね。「サンセット大通り」のあのブルヴァールです。これはフランス語の言葉で、いかにもそれらしい響きですが、実はもともとは"Bollwerk"を語源とするドイツ語から来ているのす。"Bollwerk"とは「とりで」「防壁」の意味で、もともとは町を囲む壁だったが、近代化とともにその壁が撤去されてできた通りに、こう名付けられたのだと。生粋のベルリンっ子の方から最近聞いた話です。

  4. ymzk
    ymzk at · Reply

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    >415さん
    シュトラーセが普通の「道」なのに対して,アレーは「大きめの道」「大通り」かなあ,ぐらいにしか思っていなかったのですが,ドイツ語教師根性というかドイツ語学を専門領域とする身の義務感のようなものに駆られて調べてみたら,全然違ってました.
    では,手元のDudenから…
    Allee: von hohen Bäumen dicht gesäumte Straße, Parkweg
    Straße: (bes. in Städten, Ortschaften gewöhnlich aus Fahrbahn u. zwei Gehsteigen bestehender) befestigter Verkehrsweg für Fahrzeuge u. Fußgänger

    う~ん,アレーは並木道なんですね.
    んでシュトラーセは車道の両側に歩道がある舗装された道ってことのようです.

    語源を調べてみると,Alleeはフランス語の動詞aller[アレ]の過去分詞allé, alléeを語源としているようですね.「行った」「歩いた」「歩かれた」…人が歩いた結果できた小道ってイメージになっちゃいますね.
    一方,Strasseの語源はラテン語の strata (via) のようです.これは「舗装された(道)」ということです.

    う~ん,「アレーは大通りでしょ」っていうオレの適当な考えはまったくの的外れだったワケです.

  5. ymzk
    ymzk at · Reply

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    >マサト氏
    いやあ,これも目からウロコ!
    boulevardがBollwerkを語源としているなんて!
    ウソだろと思って調べてみたら,マサト氏の(てゆうかベルリンっ子の)言うとおりでした.
    ドイツ語などのゲルマン系からフランス語などのロマンス系に流れていった語彙って,戦争用語が中心なのですが,そんなに多くないんですよ.このブルヴァールも,言ってみれば戦争用語ですね.例えば,仏guerre,西guerra,葡guerra 「戦争」は古高ドイツ語の何だかを語源にしているとか,10年近く前に何かの本で読みましたが,その本はフランス語で書いてあったので何だかよく覚えてないです.

    マサト氏の地図を見ながらの実態調査,面白いですね.
    数を数えたり,実際の道幅を測って平均値を比較したりすると何か分かってくるかもしれませんよ.歩道の有無とか中央分離帯の有無とか車線の数とか.

  6. berlinHbf
    berlinHbf at · Reply

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    >ymzkさん
    ここまで調べてくださり、ありがとうございます!こちらとしても大変勉強になりました。ヨーロッパの言語はみんなどこかでつながっていることが多いから、語源を知るといろいろな発見がありますね。ベルリン都市実態調査、時間がもっとあったらいろいろやりたいところですが・・

  7. 415
    415 at · Reply

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    >ymzkさん、マサトさん
    たかが『道』、されど『道』のお話、ありがとうございました。
    Unter den Linden にはStr. もAllee もついてないのでしょうか?

  8. ymzk
    ymzk at · Reply

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    >415さん
    そういえばウンターデンリンデンって,シュトラーセもアレーも
    ついてないですね.
    たぶん昔からそうなんでしょう.
    鷗外の「舞姫」のなかにも「大道髪の如きウンテルデンリンデン云々・・・」という行がありますし.

  9. ymzk
    ymzk at · Reply

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    ↑「鴎外」を旧字で書いたら化けました.失礼.

  10. punica
    punica at · Reply

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    >マサトさん、ymzkさん
    ドイツ語とフランス語が出てきたので、スラヴ系のポーランド語ではどうか調べてみました。ポーランド語ではaleja(=Allee),ulica(=Strasse),bulwar(=Bollwerk)となります。意味ですがalejaは並木道(主に公園の中にある道)、ulicaは道(主に建物と建物の間にある道や交通機関、店などが接している道)、bulwarも道(主に川、海、湖付近の道)みたいです。というわけで、ドイツ語と同じような感じですね。
    ワルシャワの通りを思い出すと、ほとんどがulicaです。AlejaはUjazdowskie,Szucha,Niepodleglosc,Jerozoliskieがありますが(まだあったかもしれませんが)、いずれも大きな通りです。
    (ただし、昔は本当に並木道だった可能性もあります)。Alejaとulicaがついてない所は例えばPlac konstytucji(憲法広場)というのがあります。話は変わりますが、ドイツ語のGurkeはポーランド語のogórekを語源としているようですね。何年か前に本で見ました。突然きゅうりの話を出してすみません。

  11. berlinHbf
    berlinHbf at · Reply

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    >punicaさん
    町歩きは観光の基本なので、こういう知識が頭の片隅にあるだけでも、今度ポーランドを旅する時の楽しみが増えそうです。他のスラブ圏でも応用が効くかもしれないですしね。ちなみにGurkeですが、私の大辞典によるとギリシャ語が起源となっていました。いずれにしろ、ドイツ語の響きでないことは確かですが・・

  12. punica
    punica at · Reply

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    きゅうりの語源、歴史などに関しては以下
    http://de.wikipedia.org/wiki/Gurke
    が参考になります。きゅうりにも長い歴史が
    あるのですね。

  13. la_vera_storia
    la_vera_storia at · Reply

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    中央駅さん、はじめまして!

    私はベックメッサーさんの中欧HPから来ました。9月12日、フィルハーモニーでのラトル指揮の「イェヌーファ」、多分中央駅さんとフォワイエですれちがっているに違いないと思っています。 私は去年から「ベルリン幻影」というシリーズをベックメッサーさんのトピやHPに書いているのですが、このCafe Sibylleについては1年半前にベックメッサーさんにお知らせし、このカフェを舞台とした「幻影」投稿をする予定です。そのために実は先日、ここをかなり写真に撮ってきたほどです。実はあのベックメッサーさんすらご存知なかったこのカフェ(今だに硬い木の椅子ですが)、DDR時代から私の行きつけの店であり、ある人との思い出の場所でもあります。一時期店を閉じていたときは、つぶれたんじゃないかと思ってすっかり悲しい気持ちになったこともありました。でもすぐ復活して、今では私がベルリンに行くと、このカフェを訪ねないことはないくらいです。実は9月27日19時からにこのカフェで、Eine Ostberliner Untergrund-publikation 1985-1989 という展示発表紹介があるそうで興味深いです。

    またよろしくお願いいたします。

  14. berlinHbf
    berlinHbf at · Reply

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    >la_vera_storiaさん
    ベルリン中央駅にお越しいただきありがとうございます。ベックメッサーさんのHP(http://homepage2.nifty.com/via_regia/mitteleuropa/)で、貴重なお話の数々を拝見していました。Cafe Sibylleは、実は私も最近まで知りませんでした。DDR時代からあの店が「行きつけ」だったとは、本当にすごい話です。こういう話を伺うと、またあのカフェに行きたくなります。教えていただいた展示会、ぜひ観に行こうと思いました。ラトルの「イェヌーファ」は本当に感激しました。このことも当ブログに書こうと思ってはいるのですが、なかなか言葉になりません。

    こちらこそ、これからもよろしくお願いいたします。

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