ブレヒト・フェスト開催中 – Eislermaterial –

Berliner Ensemble前の広場(8月14日)
劇場シーズンの開幕にはまだ少し早い時期だが、今月ベルリンでは戦前に栄えた劇場、アドミラルス・パラストがブレヒトの「三文オペラ」で再オープンした他、ブレヒトゆかりのベルリナー・アンサンブルでは、この劇作家の没後50年を記念して大規模なブレヒト・フェストが開催されるなど、ブレヒトで盛り上がっている。
ベルリナー・アンサンブルのブレヒト・フェストでは、「アルトゥロ・ウイの興隆」、「母」、「肝っ玉おっ母と子供たち」といったこの劇場の名レパートリーに加え、フィレンツェ、ザグレブ、モンペリエなどからの劇団の客演、コンサートや朗読の夕べ、討論会など盛りだくさんだ。日本からも東京演劇アンサンブルが今週末「ガリレオの生涯」を披露することになっている。
はっきり言って私はブレヒトのことはよくわからない。大学時代「ガリレオの生涯」を読む授業を取ったが、今となっては内容を全く覚えていないし(○○○先生、ごめんなさい・・)、一番有名な「三文オペラ」のあらすじさえも頭によく入っていない。
とはいえ、これはベルリナー・アンサンブルならではの企画だし、見逃すには惜しい。幸いブレヒトはクルト・ヴァイルやハンス・アイスラーなど優れた作曲家との共同作業でも知られているから、音楽に絡んだ公演なら私でも楽しめるだろうと思い、先週土曜日“Eislermaterial“というタイトルのコンサートに足を運んだ。これが当たりだった。
私は予備知識が全くないまま行ったのだが、“Eislermaterial“といってもハンス・アイスラー(1898-1962)の音楽をただ適当に並べて演奏するというコンサートではなかった。これは、アイスラーを尊敬するハイナー・ゲッベルス(Heiner Goebbels)というドイツの現代作曲家が、アイスラーのさまざまな音楽を再構成し、アイスラーへのオマージュという形で作り上げた作品のタイトルなのである。
演奏は現代音楽のスペシャリスト集団、アンサンブル・モデルン(Ensemble Modern)。私は彼らの演奏をベルリンで何回か聴いたことがあるが、3年ほど前にコンツェルトハウスで聴いた、絶妙なリズム感と透明なハーモニーに満ちたスティーブ・ライヒの「18人の音楽家のための音楽」は今でも忘れられない。そのアンサンブル・モデルンがコンサートホールではなく、演劇小屋のベルリナー・アンサンブルで公演を行うというのだから、私は開演前から興奮気味だった。
普段着姿のメンバーがぞろぞろ現れ、ステージの上にコの字型に並ぶと演奏が始まった。曲は小型のオルガンのソロから静かに始まる。オルガンといっても教会で奏でられる荘厳なオルガンではない。遠い昔、小学校の音楽の授業で先生が弾いてくれたオルガンといえば何となく雰囲気が伝わるだろうか。その親密な響きのオルガンは、アイスラーが作曲した東ドイツ国歌のメロディーを奏でたかと思うと、それと全く同じ調の極めて雰囲気が似通ったメロディーを弾き始めた。その静かな美しいメロディーは何回もリフレインされ、ユーフォニウムやトランペットがその上に重なっていく。そしてある時ついに、アンサンブル・モデルンのメンバーがそのメロディーに合わせて歌い始めた。不思議な雰囲気が舞台を包む。この素朴なメロディーと何ともいえない懐かしさは一体何なのだろう。
後で調べてわかったことだが、冒頭のこの曲は「子供の国歌(Kinderhymne)」といって、戦後まだ間もないドイツが荒廃していた時期、アイスラーとブレヒトが将来の国の担い手である子供たちのために書いた曲なのだった。おそらく当時学校でも頻繁に歌われ、DDR出身の人で知らない人はまずいないメロディーなのだと思う(このサイトが参考になりました)。
突然夢が打ち砕かれるかのように、全楽器による強奏が鳴り響く。これは「小交響曲」からの「アレグロ・アッサイ」。その後も、戯曲「母」の音楽など、アイスラーの書いた音楽が継ぎ目なく続いていく。有名な「労働者の母のための4つの子守唄(Vier Wiegenlieder)」では、俳優のJosef Bierbichlerがカウンターテナーのような声域で淡々と歌う。決して歌だけが突出するのではなく、歌もあくまで楽器の一つという姿勢に徹している。アイスラーは音楽の社会的側面を重要視し、詩の内容をいかにわかりやすく伝えるかということに苦心した人らしいが、なるほどそれがよく伝わってきた。それゆえ歌のテキストがかなり聞き取りやすい。
途中2回ほど音楽が分断され、アイスラーのインタビューがモンタージュの技法で断片的に流される。3つの別々のインタビューを同時に使うというもので、お客さんは所々でウケていたが、私には内容まではよくわからず。このように社会主義思想が濃厚な歌曲、オーケストラ曲、戦争歌のような合唱曲、アイスラーの発言集といったものまでが、ゲッベルスの現代的なアレンジを交えて、“Eislermaterial“という作品の全体を形作っていく。
最後、“Und endlich stirbt die Sehnsucht doch“(そしてついに憧れが滅びる)という短い曲が終わり舞台が暗転すると、劇場は熱狂的な喝采に包まれた。間違いなくDDR出身の客が多かったと思う。アイスラーの音楽をほとんど初めて聴く私のような人間と、アイスラーを日常的に聴いて育ってきたDDR出身の人たちとは、この作品を聴き終えてからの気持ちは全く違うものであろうことは容易に想像がついた。
公演後に知ったのだが、今回と同じ組み合わせによるCDがECMレーベルからすでに発売されている。数年前、グラミー賞候補にも挙がったディスクだそうだ。こちらのアマゾンのサイトで全曲のさわり部分を聴くことができるので、興味のある方はぜひどうぞ。アイスラー入門にも格好の1枚だと思う。私もほしくなった。

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