BZ Lexikon(115) 「マヌエル2世パレオロゴス」

教皇ベネディクト16世は先週、教皇に就任して以来初めて故郷の南ドイツを訪れ、大きな話題を呼びましたが、レーゲンスブルク大学での講義で引用した一節はイスラム世界に大規模な波紋を巻き起こしました。9月16/17日の紙面より。
Lexikon: Kaiser Manuel II.(マヌエル2世パレオロゴス)
Kaiser Manuel II. (1350–1425) gilt als einer der gebildetsten byzantinischen Herrscher. Er gelangte 1391 auf den Kaiserthron von Konstatinopel und verteidigte die Stadt 1394/95 gegen die osmanischen Truppen. Später gelang es ihm, die Stadt Thessaloniki von den Osmanen zurückzuerobern. Manuel hinterließ viele theologische Schriften. Aus seinen Gesprächen mit einem muslimischen Gelehrten, die er 1391 in Ankara führte, entstanden die „Dialoge mit einem Perser“. Aus diesem Werk entlehnte Papst Benedikt XVI. bei einer Vorlesung in der Universität Regensburg nun ein missverständliches Zitat über die vermeintliche Aggressivität des Islam.
訳)皇帝マヌエル2世(1350–1425)は、ビザンティン帝国(東ローマ帝国)における最も教養のある支配者の一人と見なされている。1391年、彼はコンスタンティノープルの帝位につき、1394年から95年にかけてオスマン帝国の軍隊から町を護った。後には都市テッサロニキをオスマン帝国から奪還することに成功した。マヌエル2世は数多くの神学的な書物を残した。彼が1391年にアンカラで行ったあるイスラム教の学者との対話から、「あるペルシャ人との対話」が生まれた。教皇ベネディクト16世はレーゲンスブルク大学での講義において、避けられるはずのイスラム教の攻撃性について、誤解を招きやすい引用をこの書物から借用した。
*参考
【ローマ16日共同】ロイター通信によると、ローマ法王庁は16日、声明を発表し、法王ベネディクト16世が、イスラム教の聖戦を批判したとされる自身の発言について「極めて遺憾に思う」と述べたことを明らかにした。事実上の謝罪で、法王はイスラム教信仰に敬意を表し、発言の真意に理解を求めた。
AP通信によると、声明はイスラム教徒が反発していることに「法王は激しく動揺している」としている。
法王は12日のドイツでの演説で、聖戦で信仰を広めるイスラムの教えは「邪悪で残酷」と評したビザンチン帝国皇帝の発言を引用、イスラム世界の反発を招いていた。(共同通信社)

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