少し間が空いてしまいましたが、先日の旅行の話を続けます。
広島を訪れるのは事実上初めてのことだった。
私が物心ついた時以来、広島というのはこの世で最も恐ろしいことが起こった場所だった。その気になればもっと早いうちにこの街を訪れることができたはずだが、私はどこかでそれを避けてきたように思う。今回、わずか数時間とはいえようやくその機会がやってきた。
広島の市街地は駅から少し離れているので、私は駅前から広電と呼ばれる市電に乗った。前日の関東地方とうって変わって、この日の広島は抜けるような青空が広がっていた。
都市を訪れるということは、それが意識的であれ無意識的であれ、そこに住む人々の過去から現在に至る生活の歩みをたどる作業である。
例えば、駅と街の中心部との位置関係はどうなっているか、バスや市電でそこに至るまでにどういう風景が見えるか。人々の表情、におい、聞こえてくる言葉。そういうものは実際に来てみないと体感することはできない。
戦前と原爆投下を経た戦後・現在とでは街並みがほぼ完全に変貌してしまった広島だが、広島駅は戦前からそこにあったし、広電も戦前とほぼ変わらない線に沿ってレールが敷かれている。つまり、広島の人は今も昔も変わらず、このルートで駅と市街地の間を往復してきたことになる。
この街の人々は窓の外に広がる車窓の変遷をどんな思いで眺め続けてきたのだろうか。そんな広電に乗って自分が今原爆ドームに向かっているのだということを思うと、胸がどきどきしてきた。京橋川を渡って北側に広がる風景が視界に入った時点で、私の心の奥で何かが込み上げてくるのを感じた。
匿名的な街、個性の強い街、過去の栄光にしがみつく街、歴史性のない街、記憶を受け継ごうとする街。私はベルリンという街を丹念に歩くようになってから、都市が背負ってきた過去や深淵にある記憶というようなものを無意識のうちに探し求めるようになっていたのかもしれない。原爆によって人類史上未曾有の悲劇を被り、常に世界に対してメッセージを発し続けなければならなかったヒロシマは、私が現在住むベルリンと何か共通するものを感じた。屈強な街、と言えばいいだろうか。記憶を受け継ごうとする街は自己に厳しく、それは同時に都市の開放性につながるものを秘めている。
原爆ドームのすぐ北側にある相生橋から見上げると、真っ青な空が広がっていた。この橋の上空が、原爆の投下目標点にされたという。
ベルリンに戻ってから、こうの史代の名作マンガ「夕凪の街 桜の国」(ライフログ参照)をパラパラめくっていて知ったのだが、この相生橋の向こう岸に見える緑地は戦後「原爆スラム」と呼ばれ、家や土地を失った人が多く住んでいたのだという。その集落も昭和52年にはなくなり、現在の緑地に変わった。
こういうことは行く前に知っておきたかったと思う。
この後、平和記念公園と資料館を訪れる。あまり時間もないし内容も内容なので、実は資料館はさわりの部分だけを見て退散しようと思っていたのだが、結局全部見た。いや、そうせずにはいられなかった。
訪れた人がこれほど厳粛さを共有できるような場所も他にあまり知らない。
わずか4時間とはいえ、私にとって初めてのヒロシマ体験は大きかった。
今回の日本滞在で最も印象深い出来事の一つに数えられるかもしれない。
さて、旅を続けることにしよう。広島発14時ちょうどの快速列車で私は再び西を目指した。岩国を過ぎると、やがて眼前に周防大島が姿を現す。ここは民俗学者宮本常一の故郷。いつか訪ねてみたい島だ。新山口を過ぎたあたりから日が沈み始め、宇部では大勢の高校生が乗り込み車内は騒がしくなった。甲子園の常連校である宇部商業の生徒だろうか。
17時47分、本州の果ての下関に到着。ここでまた別の電車に乗り換え、15年ぶりに関門海峡を越える。九州に入ると、途端に車内で聞こえてくる言葉が変化するのがおもしろい。向かいに座っている女性2人の会話に、思わず耳をそばだててしまう。
18時19分に小倉着。そういえば、小倉も原爆投下の目標地として最後まで残っていたことを思い出す。駅前広場ではどこかの教育団体が、マイクを手に教育基本法の反対を訴えていた。
この後さらに鳥栖で乗り継いで、佐賀駅に到着したのは前日横浜を出てから約23時間後の21時19分だった。こうして九州までやって来ると、日本は広いなと思う。駅では仕事帰りのK君が迎えに来てくれていた。再会を喜び合ってから、駅前の佐賀牛(美味!)の店で祝杯を挙げる。疲れてはいたものの、はるばるやって来たなあという満足感と旧知の友に会った安堵感から食は進んだ。
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都市=そこに生活する人の表象
なのかなあ、と記事を読んで思いました。
ところで職場が小倉の駅すぐ前なんで、掲載の写真、
ちょっとどきっとしました。見慣れてるものを
思いがけないところでみるとびっくりします。
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マサトくん、ご無沙汰してます。日本ではいろいろと回って来たようですね。私も研究会か何かで広島に行ったことがあります。広島というと原爆、平和というキーワードが浮かんできますが、路面電車の走るあの街はなかなか良いところですよね。
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お久しぶりです。1年ぶりくらいでしたっけ・・・?
確かティアーガルテンの南の日本大使館のあたりに「ヒロシマシュトラーセ」という通りがありましたね。
ちなみに、広電の写真が移っていますが、これは旧大阪市電の車両です(色と形で分かりました)。
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>Kenさん
ご職場が小倉駅の近くなんですか!
久々に日本を旅すると、将来地方のこんな街に住むのも悪くないな、とか勝手なことを考えたりするのですが、小倉や博多はなかなかいいなあと思いました。駅のデパートで見かけた博多明太がおいしそうでした(笑)
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>ながしまさん
こちらこそお久しぶりです。
広島は初めてでしたが、ゆっくり歩いてみたいと思わせてくれた街でした。本当に今回行ってよかったです。
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>奈良人さん
こんにちは。1年前にもコメントいただきましたか。
いつ頃だったのかちょっと気になります。
そういえば、「ヒロシマ・シュトラーセ」ありますね。
ベルリンにこの名の通りがあることに、何か因縁を感じてしまいます。
>広電の写真が移っていますが、これは旧大阪市電の車両です
そうなのですか!実は使い古しの車両だったのですね。
広島の市電というと、「被爆電車」に乗りたかったのですが、わずか4時間の滞在では探すのが難しかったです。
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先日はゆっくり話もできず残念でした。
私も「夕凪の街 桜の国」はこの夏に読みました。名作「はだしのゲン」の劇画風とは対照的な穏やかなタッチ、そして投下そのものの生々しい描写がほぼ皆無であるにもかかわらず(だからこそ?)、かえって激しい衝撃を受け涙が止まらなかったのを覚えています。
ヒロシマの記憶はとどめておかねばならない。一方で広島の人たちは、自分たちの街が“ヒロシマ”としてばかり捉えられる事に戸惑ってもいます。なかなかに複雑です。
被爆三世の広島県人でした。
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>Bayaさん
Bayaさんとは長い付き合いになりますが、原爆の話なんか今までしたことがなかったし、ましてや被爆3世だということもつい最近まで全く知りませんでした。「夕凪の街 桜の国」に出てくる凪生君の話とか、私とは受け止め方の切実さが違うのではないかなと思いました。
>自分たちの街が“ヒロシマ”としてばかり捉えられる事に戸惑ってもいます。
なるほど、そういうジレンマがあるんですね。
こういう話は学生の時にもっとしてもよかったかも、と思います。
そういえば、いつか広島駅の近くで一緒にお好み焼きを食べたことがありましたね(笑)。あと広島市民球場が原爆ドームの真向かいにあったということも驚きでした。
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中央駅Masato様:国内旅行記、拝見
北千住、広島など一時帰国時の国内紀行文を拝見。Masatoさんの感心の有り処と、情感が揺れ動いていく状況が、情景う描写も豊かに叙述されており、愉しく読了しました。
此処数ヶ月のうちに、日本社会で、そして世界全体で、好戦的なムードが徐々に強まっていく日々に、敢えて広島を訪問し、史跡も訪問されたとの由、お疲れ様です。
ご関心をお持ちならば—-と思い、以下に、広島県立宮島工業高校の生徒さん達が、クラブ活動にて作成した「原爆ドームの被爆状況再現 Computer Graphic Images」が特集されています。
実際の証言や、科学的な計算などに基づいて作成されているせいでしょうか、被爆時点のすさまじい環境激変ぶりが、素人目にも真に分かり易く、再現されています。宜しければ、御覧になって下さい。
http://www.urban.ne.jp/home/kibochan/miyakou/cg.htm
今年も、話題の範囲が広く、御自身の体験をもとに構成されたBlog
記事の数々、愉しませて貰いました。どうぞ、良い年を。Yozakura敬白
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>Yozakuraさん
あけましておめでごうございます。
コメントありがとうございました。この時の旅行記はいろいろな思いを込めて書いたので、読んでいただきうれしく思います。
今回は広島を訪問したのは、旅の目的地の行程にあったからという偶然も絡んでいたのですが、結果的に忘れられない出来事となりました。
「原爆ドームの被爆状況再現」を拝見しましたが、とてもよくできていますね。いつだったか、広島の戦前の街並みをCGで再現した映像というのも見たことがあり、そちらも興味深いものでした。
今年もさまざまな話題で書いていきたいと思っていますので、またどうぞお付き合いください。
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宮本常一 生誕100年 福岡フォーラム
宮本常一を語る会主催
5月27日(日) 13:00~17:00
アクロス福岡 円形ホール
フォーラム概要
主催者あいさつ[ 代表世話人 長岡秀世 ]13:00~13:10
ドキュメンタリー鑑賞[ "学問と情熱"シリーズから ]13:13~14:00
基調講演[ "家郷の訓"と私 原ひろ子 氏 城西国際大学客員教授 お茶の水女子大学名誉教授 ]14:05~15:20
パネルディスカッション[ コーディネーター 長岡秀世 ]15:35~16:45
パネリスト
武野要子 氏 (福岡大学名誉教授)
鈴木勇次 氏 (長崎ウエスレヤン大学教授)
新山玄雄 氏(NPO周防大島郷土大学理事 山口県周防大島町議会議長)
佐田尾信作 氏 (中国新聞記者)
藤井吉朗 氏 「畑と食卓を結ぶネットワーク」
照井善明 氏 (NPO日本民家再生リサイクル協会理事一級建築士)
作品展示
宮本純子[ 宮本常一名言至言書画作品 ]
瀬崎正人[ 離島里山虹彩クレヨン画作品 ]
鈴木幸雄[ 茅葺き民家油彩作品 ]