壁跡に沿って(1) -テルトウ運河からゾンネン・アレーまで-

壁崩壊20年の当ブログオリジナル企画として、こんなことを始めたいと思います。ベルリンの壁跡が全長160キロの「壁の道」(Mauerweg)として整備されていることを以前紹介しましたが、この道を自転車に乗ってたどってみるというものです。これは以前から書いてみたかったのですが、今が時期的にちょうどいいのではと思いました。2007年6月に市内の壁跡に沿ってサイクリングした時の写真を軸にしつつ、それ以前と以後に撮った写真も交えて、まとめてみたいと思っています。ベルリンのこの20年間の何が見えてくるでしょうか。
早速始めましょう。この日のスタート地点に選んだのは、U7の南側Blaschkoalleeの駅から東に500メートル行ったところにあるNeue Spätbrückeという橋。ここから北に向って走ることになります。
関連記事:
「壁の道」に沿って (2007-6-15)
最初の写真のように、壁の道は整備されているので大変走りやすい。ベルリンの地形は平坦なのでなおさらです。
しばらくはテルトウ運河(Teltowkanal)に沿って、ほとんど人気のない道を走っていくことになるのですが、ふとこんな記念碑を見つけました。何だろうと思って近寄ると、「20歳のChris Gueffroyが西側に逃げようとした際、ここで射殺された」と書かれています。感慨深かったですね。1989年2月5日、彼が壁による最後の犠牲者だったからです。あと9ヶ月待っていたら、笑顔で壁を越えられたのに、と思います。
運河に沿って走って来た直線の道を振り返ってみました(右が運河側)。ここから橋を渡って西ベルリン側に入ったのですが、壁のラインというのは複雑で、自分が東西のどちらにいるのかわからなくなることが頻繁にあります。そんな時、東側でしか見られない街灯の存在は、重要な道しるべになりました。
そうこうするうちに、ゾンネン・アレーの検問所跡に着きました。この大通りは、U7のヘルマンプラッツから延々と続くものすごく長い通りなのですが、最後のほんの200メートルだけが東側にかかっているのです。このゾンネン・アレーの東側を舞台にした映画”Sonnenallee“は有名ですね。オスタルジーブームの先駆けともいえる作品です。
(つづく)



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