今夜は幸運にも、村上春樹さんのヴェルト文学賞の授賞式の場に居合わせることができた。村上さんのスピーチ「壁なき世界」は、1983年に初めてベルリンを訪れたときの話から始まった。東ベルリンの国立歌劇場でモーツァルトの「魔笛」を見ている最中、24時までにチェックポイント・チャーリー検問所を出なければならないことが気になって、結局最後は走るはめになった。それは今まで見た中でもっともスリリングな「魔笛」だったと。
ベルリンの壁の崩壊後、世界はよくなるかに見えたが、安堵は長く続かなかった。中東やバルカンの戦争、テロ攻撃、ニューヨークの911・・・。村上さんの創作において、「壁」は常に重要なモチーフだったという。人と人、価値と価値とを隔てる壁。それは一方では自分たちを守ってくれるが、他方では向こう側の人を排除する論理で作られている。人種の壁、宗教の壁、非寛容の壁、物欲の壁。人は壁というシステムなしで生きられないのか。
壁を抜けて、違う世界を見て、それを描くのが作家の日常の仕事。読者もまた、作家と共に壁を抜けることができる。厚い壁を抜けて、再び戻ってきたという感覚。たとえそれがわずかなもので、現実の世界が実際に何も変わらなかったとしても、そこで味わう自由、その身体感覚こそが、読書においてもっとも大事なことだと確信している。壁のある現実で、壁のない世界を想像すること。物語はその力を有していると考えたい。そして、それについて考えることは、2014年のベルリンよりぴったりくる場所はない。
(詳しい報道はこれからたくさん出てくるでしょう。私が特に印象に残った箇所をざっとまとめました。スピーチの原文と若干のニュアンスの違いはあるかもしれませんが、その点はお許しください)
言葉というものの力を信じたくなる、素晴らしいスピーチだったと思う。私は心の昂りを抑えられないまま壁跡に沿って歩いた。今日から灯り出した壁崩壊25周年の光のバルーンを横目に見ながら。やがて、チェックポイント・チャーリーが姿を現した。普段ここでは観光客の姿ばかりが目に付くけれど、今夜は光のバルーンがかつての分断の跡を照らしていた。いま何の障害もなくここを自由に越えられること、その意味と価値について改めて思いを馳せた。
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初めまして。
今年9月のベルリン旅行中にレムケ邸を検索していてこちらのBlogを見つけました。
「素顔のベルリン」を持っての旅だったので作者様のBlogだーと興奮してしまいました。
このBlogのおかげでベルリン近郊にあるとは知らなかったザクセンハウゼン強制収容所も訪問できました。
村上 春樹さん、壁のあった街で受賞するのにふさわしい方ですね。
受賞のスピーチを直接お聞きになられたなんて、うらやましいです。
今、遡って最初から読ませて頂いているのですが、まだ2006年9月です。
来月有休を無理矢理もぎりとって、クリスマスマーケットとバレエを観に3度目のベルリンにいく予定です。
これからもステキな情報をお知らせください。
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nobunyさん
ご丁寧なコメントをありがとうございました。
ブログを過去にさかのぼって(!)丹念に読んでくださっているとは・・・
レムケ邸とザクセンハウゼンの訪問の際に少しでもお役に立てたのならば、大変嬉しく思います。
年末のベルリン旅行も楽しんでくださいね。今後ともよろしくお願いします。
匿名コメントの方へ
パリから嬉しいコメントをいただき、ありがとうございました!