コンサートホールの客席で一流のオーケストラの響きに酔いしれながら、音楽好きの方はこんなことを夢想したことがないだろうか。「舞台の上、例えばコンサートマスターの横で、あるいはソロ・オーボエ奏者の横に座って聴いたら、どんな風景が見え、どんな音が聞こえるのだろうか?」と。
私を含め、ファンのそんな願いを叶えてくれる企画がある。コンツェルトハウス管弦楽団の「Mittendrin(真ん中で)」というコンサート・シリーズ。この情報を教えてくれたのは、同楽団で第1コンサートマスターを務める日下紗矢子さんだった。「イヴァン・フィッシャーさんが音楽監督に就任してから始まったシリーズで、毎回すごい人気なんです」という話を聞き、とにかくこれは一度体験してみなければと思った。
10月22日、コンツェルトハウスの大ホールに足を運ぶと、1階の客席部分の様相が普段とまったく違う。真ん中の指揮台を囲んで座席が並べられ、団員が楽器のセクションごとに「散らばって」座っている。お客さんはどこの席で聴くのも自由。幸い私は、指揮台の目の前、すぐ後ろにはソロ・フルート奏者が座る絶好の位置を見つけることができた。
この日のメインの演目は、かのベートーヴェンの交響曲第5番《運命》。期待はいやが上にも高まるが、やがて現れたフィッシャーは、なぜかしかめっ面をしている。
「ベートーヴェンという人は野性的で激情家で、あらゆる側面において極端な人物でした。今日彼がこの場にいなくて、私はほっとしています」。ハンガリー人のマエストロは話術も巧みで、独特の笑いのツボを心得ているようだ。
一通り曲の説明をした後、フィッシャーが指揮棒を振り下ろして、「ジャジャジャジャーン」の運命の動機が鳴り響く。指揮台までは2メートルあるかないか。まさに音楽の生まれるど真ん中にいた私は、全身を使って、あるいは表情の変化や指先だけでドラマを表現する指揮の芸術に圧倒されるばかりだった。
オケのメンバーは四方に散らばっているため、当然音のバランスは良くないのだが、音楽とは「視る」ものでもあるということを、これほど感じたコンサートもない。私は、すぐ後ろでキラキラした音を奏でるフルート奏者の呼吸を直に感じながら、指揮者がこちらを向いて指示を出すたびに、自分が演奏の輪の中に加わっているかのような気分になった。
演奏中も、フィッシャーは時にマイクを持って曲のイメージを伝える。ホール全体が歓喜の高揚感に包まれる第4楽章の半ば近くになって、突如静寂の瞬間が訪れた。
「まだ終わりではないのです。3楽章の主題がここでもう一度返ってきて、そして!」と言って、渾身の棒を振り下ろしたとき、放射されるエネルギーを直に感じて、一瞬身体がふわっとなった。
歓声が入り乱れた演奏の後は、観客がSMSで事前に送った質問に、フィッシャーがユーモアたっぷりに答えるというコーナー。オーケストラの中に飛び込むという未知の体験をさせてくれたコンサートは、笑いのハーモニーが生まれたところで終演となった。
(ドイツニュースダイジェスト 11月6日)
Information
ミッテンドリン
Mittendrin
「真ん中で」を意味するこのコンサート・シリーズ。今シーズンは2016年1月14日、4月25日、6月16日に予定されている(それぞれ18:30開演)。チケットは1階のオーケストラ席(25ユーロ)と2階(20ユーロ)の2種類があり、1階席は特に人気で、売り切れるのが早い。下記ウェブサイトからチケットの予約が可能。
URL:www.konzerthaus.de/mittendrin
ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団
Konzerthausorchester Berlin
1952年に当時の東ベルリンで創設されたオーケストラ。ジャンダルメンマルクト広場に面した本拠地のコンツェルトハウスで、1シーズンに約100もの公演を行っている。フィッシャーの音楽監督就任後は、年に1度、特定の作曲家に的を絞ったユニークなマラソン・コンサートも始まり、11月28日(土)には「バッハ・マラソン」がベルリンの芸術の秋を彩る。
チケットオフィス:月〜土12:00〜19:00、日祝12:00〜16:00
住所:Gendarmenmarkt, 10117 Berlin
電話番号:030-203092101
URL:www.konzerthaus.de
真人さん、本当にお久しぶりです。
「Mittendrin(真ん中で)」シリーズ、すごくユニークですね。私もベルリンで是非一度体験したいです。コンツェルトハウス管弦楽団との企画が初めてなのでしょうか?
I・フィッシャーさん、なかなかやりますね。ブラームスのハンガリー舞曲全曲を、ジプシーヴァイオリンやツェンバロンを使って演奏したCD(2種類とも素晴らしく愛聴盤になっています)を出したときから、アイディアマンぶりに注目していましたが・・・。
実は明日、日本→フランクフルトに直行し、I・フィッシャー指揮ブダペスト祝祭管弦楽団のコンサート(シフのピアノでブラームスのピアノ協奏曲1番ほか)を聴きます。(座席は普通ですが・・涙)とても楽しみです!
一昨日、無事帰国いたしました!
この場をお借りして、アルテオパーでのコンサートのご報告をさせていただきます。
シフが指揮棒を振るしぐさをしつつ、I・フイッシャーに指揮棒を渡すパフォーマンスで、どっと観客を沸かせて始まったブラームスのコンチェルト。重厚かつしなやかにオケを操るI・フィッシャーの名人芸と、ロマン溢れるシフの美しいピアノの競演、とても見事でした。
そして、アンコールでは予想外のサプライズ!
何と!オケの団員が全員ピアノを取り囲み、シフのピアノ伴奏で歌を歌い始めたのです。曲目は確認できませんでしたが、多分ハンガリーかチェコの美しい曲でした。同朋の巨匠を讃え、懸命に歌うブダペスト祝祭合唱団?に胸が熱くなりました。これもひょっとしてI・フイッシャーのアイディア?
後半は、ドヴォルザークのop.38の曲集~とスメタナの「わが祖国から」~を交互に演奏してユニークでした。ドヴォルザークは、オケと女声合唱用の編曲でしたが、合唱はオケのヴアイオリニスト10人くらいの選抜?メンバー(両翼配置なのでバランスOK、スメタナの時はさりげなく席に戻ってヴァイオリン演奏)で、またまたびっくり。そして、最後は素晴らしい「モルダウ」に感動!!
この日は、木組みの街リンブルグとイトシュタインを観光後、速攻で出かけたコンサートでしたが、旅の疲れも吹き飛びました♪
bach!!さん
こちらに移転してからの初コメント、どうもありがとうございました!
フランクフルトでの生き生きとしたコンサートの様子、楽しく拝読しました。
フィッシャーとシフの共演、同郷同士ならではのくつろいだ雰囲気が伝わってきました。アンコールは素敵なサプライズでしたね!
フィッシャーは楽器配置にもかなりこだわる人らしく、コンツェルトハウス管弦楽団とシューベルトの「グレイト」をやったときは、何と木管セクションが指揮者のすぐ目の前で吹いたそうです(確かにオーボエなどが大活躍する曲ではありますが)。しかしそのときの彼の指揮が素晴らしかったのだと演奏していた友人が教えてくれました。
思い出深い旅だったようで何よりです。ぜひまたベルリンのクリスマスにもいらしてくださいね♪
中村さん
こんにちは、Steppke と申します。初めてコメントさせて頂きます。
いつもブログを拝見しており、この Mittendrin の記事を読んで、とても惹かれていました。
名からお分かりかも知れませんがベルリン・オペレッタにはまっており、今回も Komische Oper の Clivia に2回行くのが目的でしたが、4月25日に Mittendrin があることを知り、迷わず1日滞在を延ばして体験することが出来ました。有難うございます。
チケットは Parkett が売り切れだったのですが、しつこく確認していたら戻って来ており、ゲットしたのは最後の1枚です。
予想より数段面白かったですね。曲が Bartók の Konzert für Orchester だったので、様々な響きが更に面白かったのかも知れません。
オケのメンバーにはこういう風に聞こえているのかが、よく分かりました。もちろん、メンバーは平土間全体に散らばってその間に観客が居るので、普段とは違います。しかし、全体が演奏すると、身体全体が音に包まれる感じで、恍惚状態。
私の席は、右前1メートルの処に第三クラリネット(バスクラ持替え)、右後ろ1メートルには第一トランペットという場所で、トランペットが吹くと他はすごく遠くに聞こえました。(あそこにいつも座っていたら、難聴になるでしょうね)
Iván Fischer は話がうまいですね。Die lustige Witwe のメロディーを説明する際には、歌ったりもしていました。
トランペットに指示を与える時、指揮者がこちらを見て自分に指示されているような感覚で、何か嬉しいものがありました。
ブログのおかげで、貴重な体験をすることが出来ました。感謝しています。
Steppkeさん
はじめまして。私のレポートを読んで、このMittendrinのコンサートに行かれたとは嬉しい限りです。詳細なご報告を書いていただき、ありがとうございました。
バルトークの管弦楽の協奏曲は作品がより複雑だけに、ベートーヴェンの「運命」のときとはまた違った面白さがあったことでしょうね。フィッシャーのお国ものだけに、沸き立つような演奏になったのではと想像します。この企画、オーケストラの人にとってはお互いが聴き取りづらいゆえに決して好評というわけではないようなのですが、聴き手にとっては本当に面白いですよね。
ベルリンのオペレッタはこれまでほとんど縁がなかったのですが、 Komische Oper の Cliviaは機会があったらぜひ観てみたいです。