今日6月18日(土)の20時5分から、ドイツの公共放送局Deutschlandfunkにて、ラジオ音楽劇『借りた風景』が放送されます。この作品が完成し、ドイツ全土、さらにインターネットを通じて世界中のリスナーに届けられることに感慨を覚えます。
2020年7月、拙著『明子のピアノ 被爆をこえて奏で継ぐ』(岩波ブックレット)が刊行され、その翌月、藤倉大作曲のピアノ協奏曲《Akiko’s Piano》が広島交響楽団によって世界初演されました。昨年の初頭、私はこの作品をドイツでも紹介できないだろうかという思いから、ベルリン在住の小児科医で長年IPPNW(核戦争防止国際医師会議)コンサートを主催している知人のペーター・ハウバー博士に相談する機会がありました。その数ヶ月後、ハウバー博士の長年の友人で、夫婦で創作活動をされているフロリアン・ゴルトベルクさんとハイケ・タウフさんから「明子さんのピアノに興味があるので、詳しい話を聞かせてもらえないだろうか」という思いがけない連絡が届きます。お2人は広島の原爆で亡くなった河本明子さん(1926〜1945)と彼女のピアノの物語を深い共感をもって聞いてくださいました。やがて、その出会いと彼らが温めていた構想とが合わさる形で、戦争を生き延びた3つの楽器を主題にしたラジオ音楽劇が生まれることになったのでした。最終的に、藤倉大さんやピアニストの小菅優さんら素晴らしい音楽家が参加する、私にとっては夢のようなプロジェクトへと結実しました。ロシアによるウクライナ侵攻により、戦争が現実のものとなり、日常を取り巻く環境の一部にさえなってしまった今、この音楽劇が発するメッセージが多くの人びとの心に届くことを願っています。
Geborgte Landschaft Von tauchgold · 18.06.2022
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「Audio herunterladen」から音声ファイルをダウンロードすることもできます。
音楽劇の放送後に紹介される藤倉大さんのインタビュー(13分)
英語版はありませんが、聞き手のシェリー・クプファーベルクさんと藤倉さんとのやり取りがドイツ語に書き起こされていて、理解の一助になります。
明子さんのピアノ 独のラジオ紹介 新作の音楽劇に登場 放送後 ネットで発信も(中国新聞/6月15日)
以下は日本語版プレスリリースの内容です。
『借りた風景』
(原題: Geborgte Landschaft)
タウフゴルト
作曲:藤倉大
朗読:フリッツィ・ハーバーラント、ザムエル・フィンツィ、
フェリックス・ゲーザー、ヴァレリー・チェプラノヴァ
ピアノ:小菅優
コントラバス:テオ・リー
音楽監督&ヴァイオリン:インディラ・コッホ
脚本と演出:タウフゴルト
音声:ジャン・ボリス・シムチャック
制作:ドイチュラントフンク 2022年
初回放送:2022年6月18日(58分)
(放送後に藤倉大へのインタビュー/聞き手:シェリー・クプファーベルク)
内容について
第二次世界大戦中、ブダペストの地下室に何年も閉じ込められていたヴァイオリンの名器ストラディヴァリウス。1939年、ポーランドからイスラエルのエレツに逃れる際に置き去りにされたコントラバス。そして、広島の原爆で若い持ち主を失い、沈黙したピアノ(通称「明子さんのピアノ」)。21世紀初頭、これらの楽器は再発見され、新たな音楽的な命が吹き込まれました。そこにはどのような秘密が隠されているのでしょうか。
2022年、タウフゴルト(フロリアン・ゴルトベルクとハイケ・タウフ)の脚本と演出により、ドイツの公共放送局「ドイチュラントフンク」(deutschlandfunk.de)のためのラジオ放送劇「ピアノトリオと声のためのナラトリオ『借りた風景』」が生まれました。ロンドン在住の作曲家、藤倉大がこの放送劇のために約20分に及ぶ新曲を作曲。ピアニストの小菅優、ベルリン・ドイツ・オペラ副コンサートマスターのインディラ・コッホ(音楽監督&ヴァイオリン)、テオ・リー(コントラバス)が、録音に参加しています。藤倉大の音楽は、劇の終盤でピアノ協奏曲第4番《Akiko’s Piano》のカデンツァ〈Akiko’s Diary〉が使われるなど、この放送劇において重要な役を担います。本作では、音楽と台詞が対等な関係に置かれることから、オラトリオの変形である「ナラトリオ」という形式を取っています。
楽器を演奏してきたアーティストたち、その上で鳴り響いた音楽、壊れやすい楽器本体が耐えてきた時の流れは、何を物語るのでしょうか。タウフゴルトはこの3つの楽器の史実を土台としながら、今を生きる3人の架空の音楽家を設定。彼らの視点を通じてこれらの楽器が歩んできた歴史とその記憶が語られます。ナレーションを担当するのは、フリッツィ・ハーバーラント、ザムエル・フィンツィなど、映画や演劇の分野で活躍するドイツの著名な俳優たち。虚構と現実が混在しながら、戦争と平和、避難と追放、そして人びとに美と相互理解をもたらす芸術の意義という普遍的な主題を問いかける作品となっています。
「数百年にわたって弾き継がれ、戦争や平和の時代を乗り越えてきたヴァイオリンがあります。ヴァイオリニストは寄贈者から楽器を借りているだけでなく、いつか返却するときまで、ある意味で時間を借りているといえます。つまり、楽器は演奏者を単なる現在から、音楽的、政治的、社会的な歴史へと拡げるのです」とフロリアン・ゴルトベルクは語ります。この演出チームは、借景で知られる京都の圓通寺を訪れたときの強い印象から、本作を『借りた風景』と名付けました。
プロフィール
タウフゴルト(tauchgold)は、ハイケ・タウフとフロリアン・ゴルトベルクによる脚本、演出チーム。2007年以来、ラジオと舞台の境界において共同で作品を実現してきました。クルド・ラースヴィッツ賞を受賞した『甘酸っぱいメガディール – 中国が新しい国々を買う』などの社会風刺作品や、歴史ドラマ『質問がある』、放送劇と拡張現実を初めて組み合わせた、2012年のグリムライン賞にノミネートされたラジオ犯罪スリラー『堕ちた美』などがあります。独自に作曲された音楽は、彼らの創作において常に中心的な役割を果たしてきました。2019年には、放送劇『メタモルフォーゼン』(DLF、2015年)を原作とした舞台作品『ガラスの海 – 弦楽器と声のためのナラトリオ』がミュンヘンで初演されました。2022年には、ベルリン放送交響楽団(RSB)との共同作業で、交響的・文学的コラージュ『さすらい人』へと発展させました。
www.tauchgold.de