ベルリン・ダーレムのイエス・キリスト教会

Berlin Jesus-Christus-Kirche(8月26日)
先週の土曜日、この前ご紹介した首相官邸を訪れた後、私はある教会に向かった。
「ベルリンのイエス・キリスト教会」と聴いてピンとくるクラシック音楽好きの方は少なくないのではないかと思う。戦後直後から70年代にかけて、そしてその後も折に触れて、ベルリン郊外のダーレムにあるこの教会はベルリン・フィルの録音会場として使われてきた。
これまでこの教会の近くまで来ることは何度もあったが、中に入る機会は一度もなかった。ちょうどこの日の夜、珍しくここで無料のオルガンコンサートが行われること知り、イエス・キリスト教会の響きに触れるいい機会だと思って出かけたわけである。場所はU3のThielplatz駅から歩いて5分、閑静な住宅街の中にあった。
写真で見る限りはかなり大きい教会をイメージしていたのだが、実際中に入ってみると意外なほどこぢんまりとしていた。プロテスタント系の教会なので、内装もご覧の通りシンプル。ここで16型(オケの大編成時の標準的な編成のこと)の編成で演奏したら、舞台はかなりぎゅうぎゅう詰めになるのではないだろうか。合唱が加わったらなおさらのことだ。しかしキャパが大き過ぎない方が逆によかったのだろう、確かに音響はすばらしいものがあった。席はパイプオルガンと向かい合う形で並べられ、曲ごとに説明が入る。お客さんの顔ぶれを見ると、地元ダーレムのゲマインデ(教区)の人々がほとんどのように思われた。
無料のコンサートだし、その日は午後からずっと歩きっぱなしで疲れていたので、前半が終わったら帰ろうと出口に向かうと、そこに手作りらしいビュッフェの用意がされていた。お腹は空いているが、周りはみんなこの界隈の人々らしいし全く外部の人間ががっつくわけにもなあ、と思って遠慮していたら、そばにいたおばさんが「お皿はあっちにあるわよ」と見知らぬ私にわざわざ声をかけてくれた。いただいている最中も、「どんどん食べないとなくなっちゃうわよ」とこれまたお節介にも声をかけている人がいたりと、なんだかアットホームな雰囲気だった。教会のゲマインデ(Gemeinde)とはこういうものなのだろうか。食事をしながら、曲間の解説をしたおばさんやオルガン奏者の方とも少し会話をすることができた。
そんな出来事を思い出しながら、この教会から生まれた名盤のいくつかを改めて聴きなおしてみた。私がまず思い浮かんだのは、フルトヴェングラーが最晩年に録音したシューベルトの「グレイト」(1951年)シューマンの交響曲第4番(1953年)だ。特にシューマンの方は、何回聴いてもその溢れんばかりの音の奔流に我を忘れるほど感動する。また「グレイト」と一緒のセッションで、ほとんどリハーサルなしで吹き込んだといわれるハイドンの「V字」(1951年)も好き。その数年後、カール・ベームがベルリン・フィルと録ったブラームスの交響曲第2番(1956年)も歌心溢れるすばらしい演奏だ。カラヤン指揮のものでは1971年に録音したチャイコフスキーの「悲愴」が名演らしいが、これはまだ聴いたことがない。他にも何かないかとクラシック好きの友達に聞いてみたら、フリッチャイの第9、ロスバウト指揮のハイドン、シャイー指揮のマーラー「嘆きの歌」(これだけはオケがベルリン・ドイツ響)などを挙げてくれた。
その中から、フリッチャイ指揮のベートーヴェンの第9Dussmannで買って聴いてみた。録音は1957年の年末で、ベルリン・フィル初のステレオ録音とのことであるが、これがあまりにすばらしい演奏だったのでびっくりした。安売り叩き売りではない、ホンモノの第9がそこにある。バリトンのソロをダーレムのお隣ツェーレンドルフ出身の大歌手、フィッシャー=ディースカウが歌っているのも聴きもので、私がこれまでCDで聴いてきた全てのバリトンを凌駕するほど輝いている。録音もいいし、通の方にはもちろん、第9のCDを初めて買ってみたいという方にも真っ先におすすめしたい。
それにしても終戦からまだ間もない1950年代に、これだけ圧倒的な演奏が立て続けに生まれたのはなぜだろうか。最近「舞台・ベルリン」という本を読んだこともあって、終戦直後のベルリンの人々の生活に興味を抱いている。ベルリンに最後の爆弾が落とされてからわずか3週間後の1945年5月26日、レオ・ボルヒャルトが「12日間おんぼろの自転車でベルリン中を走り回ったあげく、許可を取り、楽器を調達し、楽員を鳴り物入りで集め、廃墟から演奏会場を探し出し」て、ベルリン・フィルの戦後最初の演奏会を実現させたのは以前ご紹介した通りだ。50年代に入ってからはさすがに終戦直後より生活環境は幾分向上していただろうが、ベルリン・フィルは当時もまだティタニア・パラストという映画館で演奏会を行っていた。戦争の傷跡は途方もなく大きく、人々が物質的に相当貧しい生活を送っていたのは間違いない。
そういう時代のベルリンの人々によって、ダーレムのこぢんまりとした教会で吹き込まれた録音の数々は、今日も私を奮い立たせてくれる。



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10 Responses

  1. 焼きそうせいじ
    焼きそうせいじ at · Reply

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    20年前、ここを通学路にしていながら、一度も中には入りませんでした。Deccaのマークをつけた車が停まっているのを見たことがあります。
    ようやく2年前、フルトヴェングラーの記念の年にファンの人が「巡礼」に来たので、一緒に中へ入りました。日曜午前の礼拝を期待したのですが、幸運にもこの日は音楽礼拝でした。小さなオケと合唱を聴けて、上にも言及されているシューマンの4番の録音の響きを彷彿とさせました。

  2. berlinHbf
    berlinHbf at · Reply

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    >焼きそうせいじさん
    あそこを通学路にされていたのですか。そういえばFUが近いですものね。日本学科もあの教会から程近いところにあります。音楽礼拝の日に入れたのはラッキーでしたね。機会があったら、私もミサ曲やカンタータを聴いてみたいです。それにしてもあの尋常でないオーラを放っている録音群が、こんなのどかな住宅街の教会から生まれたのかと思うと、不思議に感慨深いものがありました。

  3. orooro
    orooro at · Reply

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    こんにちは、はじめまして。
    数々の名録音の行われた場所として訪ねてみたい所です。
    バルビローリ&ベルリン・フィルのマーラー第9もそこでの録音だったかと思います。↓の拙HPの2番目の写真はその時のものとの説明があったと思います。
    http://www.geocities.jp/furtwanglercdreview/barbi.html

  4. berlinHbf
    berlinHbf at · Reply

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    >orooroさん
    ご訪問と書き込みありがとうございます。すごいサイトをお持ちですね。豊富な知識と詳細な聴き比べにびっくりしてしまいました。

    バルビローリ&ベルリン・フィルの写真を見る限りでは、間違いなくこの教会のようです。あの録音は実はまだ聴いたことがないのですが、まさに伝説級の一枚ですよね。今度聴いてみるつもりです。

  5. まりりん
    まりりん at · Reply

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    またまたお邪魔します!写真をみて、あ~!!っと思いました。
    この教会、よく友達と合わせに使わせてもらっていたんです!
    教会のおじさん(?)がとっても親切で、いつもニコニコ迎えてくれたのを
    思い出しました。マサトさんの文章を読んで、すごい場所だったんだなぁ~っと、ビックリすると同時に、なんだか嬉しくなりました♪

  6. berlinHbf
    berlinHbf at · Reply

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    >まりりんさん
    お~、すごいところでピアノの合わせをされていたんですねえ。それはなかなか貴重な体験だと思いますよ。僕も鍵盤楽器ができたら、ピアノかオルガンをあの教会で弾いてみたいものですが。よかったらここでご紹介した録音も聴いてみてくださいね。

  7. Toru
    Toru at · Reply

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    お久しぶり、Bonnでチラッとこのページ拝見したけど、毎日膨大な量更新しているんだねー!!!
    この教会、室内楽の録音や、DSOでもよく弾きました。
    録音の時はね、ベンチをすべてドアのほうに寄せてしまうので16型でも問題なく座れます。なんだったか忘れたけどアシュケナージでコントラバス10本、つまり18型で録音した事もありました。
    しかし、こんなにクラッシックが好きだったとはまったく知らなかった!
    今度、僕らの室内楽にも是非お越しください。

  8. berlinHbf
    berlinHbf at · Reply

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    >Toruさん
    これはこれはびっくりしました!書き込みありがとうございます。
    Toruさんはお仕事でこの教会の常連なのですね。しかしあの教会で18型とは!マーラーか何かでしょうか・・

    そういえば、ボンではクラシックのお話は全然しませんでしたね(笑)。僕は室内楽も好きなので、何かある時はご連絡ください。

  9. bach!!
    bach!! at · Reply

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    初めまして。素晴らしいブログですね。
    ベルリンでの音楽三昧、とてもうらやましいです。そしてこのイエスキリスト教会、LP時代から名前だけは脳裏に焼き付いていて、とても懐かしいですね。
    私は、ちょうど12月下旬にフリーツアーでベルリンに数日滞在するので、コンサート情報をネットでいろいろ調べていたところでした。
    イエスキリスト教会のコンサートをネットで見つけたので、是非行こうと思っているのですが、ネットでの購入が難しそうなので現地で購入したいと思っています。インフォメーションでチケット(当日券)は購入できるのでしょうか?あるいは直接教会に行かないと買えないのでしょうか?前売りの販売状況もわからないので不安です。
    アドバイスいただけると幸いです。どうぞよろしくお願いします。

  10. berlinHbf
    berlinHbf at · Reply

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    >bachさん
    はじめまして、コメントありがとうございます!
    イエスキリスト教会ではたまにコンサートが行われていますが、チケットに関しては主催者がどこかにもよるので、ここでは正確にお答えすることはできません(何のコンサートでしょうか?)。ただ、通常は本番の1時間前に会場に行けば、チケットはまず買えるのではないかと思います。

    教会のあの響きを堪能されることを願っています。

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