歴史と個人

先週末、友達のパーティーに呼ばれて行ったら、ユニークな過程を経てベルリンにやって来た人たちに出会った。今回はその3人の方の話から始めてみたい。
日本人とドイツ人のハーフで、両親が音楽家という18歳のKくん。ロンドンに生まれ育ち、日本でも何年か過ごした後、現在は父親の仕事の関係でベルリンに住んでいる。外国暮らしが長いKくんだが、一番得意な言語は意外にも日本語だそうで、確かに会話していてほとんど違和感がなかった。ロンドンでは日本人学校、ベルリンでは英語のインターナショナル・スクールと、現地の学校で学んだことがないことを彼は残念がっていた。「では大学は?」と聞くと、ロンドンの大学に通うそうだ。「ロンドンは物価が高いし、街としてはベルリンの方がずっと好きだけど、将来のことを考えるとロンドンの方がいい」とも。彼は時々アイデンティティーの問題に直面することはあるようだが、18歳にしては大人びているというか、考え方がしっかりしているように感じた。
アルゼンチン出身で、ベルリンでジャーナリズムの仕事をしているヴェラさんという女性に、フルネームを紙に書いてもらった時、あることに気付いた。苗字が明らかにドイツ名なのである。聞いてみたところ、実は彼女の祖父がドイツ人で、19世紀の後半に移民としてアルゼンチンに渡って来たということだった。
マルガレーテさんというデザイナーの仕事をしている30代の女性は、ドイツ人だが苗字はポーランド系だ。彼女は、戦前までドイツ領でもともとドイツ系住民の多いシレジア地方(Schlesien)の出身だった(彼女の先祖もドイツ人である)。戦後、シレジアがポーランド領になると多くの住民が強制的に西に追いやられたが、彼女の家族はその地に留まった。使う言語はポーランド語に変わり、ドイツ語の使用は一切禁じられたという。89年のベルリンの壁崩壊の直前、彼女の一家は旅行の名目で西側に逃れ、一時期は収容所のような場所を転々としながらドイツに移り住んだ。現在はドイツのパスポートを持っているという彼女に「自分のアイデンティティーは?」と聞いてみると、「もともとはドイツ人だし、比重でいうとドイツの方が高いわね。でもポーランドのことを悪く言われると、ポーランドを守りたくなるわ」と彼女は語った。
こういう人たちと話していて、私はヨーロッパの歴史を垣間見たような気分になった。そして、歴史をもっと深く知りたいとも思った。
ベルリンには本当にいろいろな人が住んでいる。流暢なドイツ語を話すからといって、ドイツ人であるとは全く限らないし、見た目が東洋人でも国籍はドイツという人もいる。通りを歩いていて、日本人の私に道を聞いてくるのはよくあることだ。多文化社会ゆえの問題はいろいろあるけれど、ベルリンのような街では様々な歴史を経てきたお互いの差異をまず認め合うということから始めなければ社会は成り立たない。
最近、日本でいじめによる自殺が頻発している。途方もなく陰湿なこれらの事件のことを知ると、本当にいやな気分になる。
互いの差異を認め合うことよりも、集団内の同質性や一体感を強調することに比重が置かれる社会、それはよくも悪くも日本社会の特性といえるものかもしれない。だが、人がそれぞれ固有に持つ個性を認め合えないというのは日本の歴史教育の貧困さとどこかで関係していると思うのだが、どうだろうか。
試しに3、4世代ぐらい前の先祖から、自分のルーツを調べてみるといいだろう。冒頭に挙げた3人ほどドラマチックではないかもしれないが、自分が生まれてくるまでにどれだけの過程があり、どれだけの偶然に左右され、その結果今自分がここにいるということが一体どれだけすごいことなのか、おぼろげながら実感できるのではないだろうか。
歴史というと学校で習うのは国家や王朝の歴史ばかりだが、個人の歴史だってある。まず無数の個人の歴史があり、それが地域の歴史を形成し、やがて国や民族の歴史を形作っていくという視点を持つことも必要だと思う。つまり、国の歴史は個人の歴史とどこかでつながっている。そういう角度から歴史を教える教師は日本の学校にはあまりいないのだろうか。
海外に住んでいると、歴史を知ることの重要性に直面することがとても多い。特に私は学校で日本史をちゃんと勉強してこなかったので、日本人として何か大事なものが抜け落ちているなと感じることが正直ある。日本史と世界史はどちらが大切かという問いは意味をなさないし、片方を省けるものでもない。そのどちらもが現代の人間社会を如実に反映していて、今を生きる自分という存在と必ずどこかでつながっているからだ。

(ベルリンは一気に寒くなりました。長くなりましたが、よかったらワンクリックをお願いします!)

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2 Responses

  1. 焼きそうせいじ
    焼きそうせいじ at · Reply

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    こっちも昨日からぐんと寒くなり、雪まで降りました。ベルリンのようなところですと、一国単位の歴史では把握のしようがない「個人史」を持った人たちに次々と出会うのではないでしょうか。10年ばかり前にシレジアの田舎村を訪ねようと、ベルリンで地図を持っていたら、「私はあそこの出身だ」という人に何人もでくわしました。

    ただ、そうした歴史を持った人々までを包み込むような「ヨーロッパの歴史」は、まだ書かれていないといっても間違いではありません。やはり一国史の寄せ集めですから。

    日本ですと、国民史であれ郷土史であれ、画一的な歴史がかなりうまく皆を絡め取ってしまいます。そこはやはり島国か。だからこそ、俄か造りの「国民」が曲がりなりにも成功したのでしょうけれど。

  2. berlinHbf
    berlinHbf at · Reply

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    >焼きそうせいじさん
    興味深いお話をありがとうございます。先日の「神聖ローマ帝国展」でも感じましたが、ヨーロッパにおいては民族と国家を巡っての複雑な絡み具合は尋常ではありませんよね。私のささやかな試みではありますが、これからいろいろな人に話を聞いていく中で、何か浮かび上がってくるものがあればと思います。日本に帰ったら、日本史の面白そうな本を探してみます。何かおすすめがあったら、教えていただけると幸いです。

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