「パリ五段活用」(鹿島茂著)

ベルリンに住み、ベルリン関連の本を読み、ベルリンについて書いてばかりいると、たまにはこの街を離れたくなる。せめて空想上だけでも、ということで、先日読んだ「パリ五段活用」(中公文庫)という本について少し書いておきたい。筆者の鹿島茂さんはパリについての本を何冊も書いている方だから、ご存知の方も多いことだろう。背表紙の紹介文によると、『「食べる・飲む」「歩く」など8つの動詞からパリのもつ「唐突で曖昧な」魅力を展開した知のガイドブック』。
雑誌などに書かれたものをまとめた本なので、やや統一感に欠ける印象も受けたが、さすがに内容は読ませる。自分としてはベルリンとの接点を探しながら読んでも面白かった。とりわけ鮮やかだったのは、それまで前近代的だったパリが、19世紀半ばの都市改造をきっかけに街に光が入り込むようになり、同時期に誕生したデパートと第1回印象派展の間に実は大きなつながりがあったという話。河合純枝さんの「地下のベルリン」で知った気送郵便の話も出てくる。パリのプヌマティック(気送郵便)は比較的最近の1984年まで現役だったのだそうだ。読みながら思わずゴクリとなった、フランスパンの歩き喰いというのも一度やってみたい。
こういう都市の歴史探索的な本は、パリに関してなら日本語で書かれたものだけでも無数にあるだろうに、ベルリンに関してとなると途端に少なくなる。ベルリンだって探せば面白い話はいくらでもあるのになと思う。日本人一般の関心度でいえば、ベルリンがパリにかないっこないのはわかっているけれど。
奇妙に印象に残ったのは、「かぐ」という章のパリの地下鉄の匂いに関するエピソードだった。ベルリンの地下鉄の匂いはかなり独特だと思うが、パリのそれもかなり独特なものであるらしい。

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なんのことはない、パリのメトロの匂いとは、浮浪者たちの体臭と、小便の染み込んだ新聞紙の匂いと、芳香剤入りの消毒薬の混じり合った匂いだったのだ。もちろん、これにパリの浮浪者たちに欠かせない葡萄酒の甘酸っぱい匂いを加えれば、メトロの匂いのアマルガムとしては完璧に近いものが出来上がるだろう。だが、この匂いがまったく不快なものかと言えば、必ずしもそうとは断定できない何かがある。それは奇妙に懐かしく、またどことなく恥ずかしい、人間そのものへのノスタルジーをかきたてるような匂いだった。

こういう話を読んでパリに行きたくなったら、それは作者の罠にはまったということなのだろう。

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8 Responses

  1. MOTZ
    MOTZ at · Reply

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    おもしろそうな本また教えていただけて嬉しいです。
    古い本ですが「パリ 旅の雑学ノート」(玉村豊男 著)も面白いですよ〜。華美で優雅なパリじゃなくて、それこそツンと刺激臭がするような内容です。

    匂いっていうのは記憶を瞬時に引き起こしますね。
    たまに東京でもJRのホームで線路が摩擦熱で焼け焦げたような匂い
    (わかりにくいですね)を嗅ぐとドイツの列車を思い出しますし、
    ゴム臭さ+生温い風でベルリンのUバーン、
    アンモニア臭+ソーセージやハンバーグ系の良い匂いで
    Sバーンの駅がフラッシュバックします。

  2. Ryoko
    Ryoko at · Reply

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    Masato san
    お待ちしてますよー。ぜひパリにいらしてください!
    確かにメトロは匂います。が、この文を読めばちょっと納得です。
    私もパリに移住する前に持っていたイメージと実際のものとはかなり違っていましたが、今住んでいて思うことは、やはり何か魅力のある街だということ。マサトさんも自分の五感でパリを感じでみて下さい。

  3. berlinHbf
    berlinHbf at · Reply

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    >MOTZさん
    「パリ 旅の雑学ノート」は有名な本ですよね。すごく読んでみたくなりました。

    >匂いっていうのは記憶を瞬時に引き起こしますね。

    本当にそれはありますね。私だと例えば、アスファルトに染み込む雨の匂いによって幼少期の記憶がよみがえるとか。ドイツは石畳なので、その機会はなかなかないのですが。
    それはともかく、MOTZさんの例が面白すぎました(笑)。なるほどなあと思って拝見しました。

  4. berlinHbf
    berlinHbf at · Reply

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    >Ryokoさん
    パリからのコメント、お待ちしておりました!
    パリは2回ほど行ったことがありますが、いずれも駆け足だったので今度はゆっくり訪ねてみたいです。前回とは違って、その時は路上や街灯、地下鉄の匂いなどにも関心がいくことでしょうね。

  5. la_vera_storia
    la_vera_storia at · Reply

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    中央駅さん、息抜きにパリですか(笑)。鹿島茂さんは私も個人的に存じ上げています。大変なパリ通の方です。どちらかといいますと具体的な事物についての歴史的な知識が非常に豊富で、パリのいろいろな事象に焦点を当てる記述をされる方で、非常に勉強になります。パリについて鹿島さんの本とはある意味で対極的な記述をされる方が浅野素女さんです。浅野さんの本は数が少ないですが、以下の本を是非読んでみて下さい。(多分こちらのほうが多分中央駅さん好みです。)
    http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/wshosea.cgi?W-NIPS=9973384571

  6. la_vera_storia
    la_vera_storia at · Reply

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    パリの匂いですが、私にとってそれはゴロワーズ(そしてジタン)の煙の臭い以外の何物でもない(なかった)、と思っています。生まれて初めてパリに行ったのは65年でしたが、子供ながらにあの強烈な臭いには驚きました。カフェで、駅で、街角で、映画館で...まるで街中に充満しているような印象を持ちました。ところが80年代の初頭を境にして、この臭いはだんだんと姿を消し、現在では特定の限られた場所でしか臭いません。今では、”Fumer tue”の「掛声」のもと、こうしてフランス映画のパリは「消えた」わけです(笑)。

  7. la_vera_storia
    la_vera_storia at · Reply

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    自分でもベルリンのブログでパリについてのコメントを書くとは思いませんでした。今、旅の途中のモスクワです。いつかベルリンでお会いしてお話しましょうか。 えっ? パリの話をしましょうかですって? どっちの話でもいいですよ(苦笑)。 

    ではまた!

  8. berlinHbf
    berlinHbf at · Reply

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    >la_vera_storiaさん
    私の息抜きにお付き合いいただきありがとうございます(笑)
    la_vera_storiaさんのお話にはたまにパリも出てくるので、そちらも少し気になっていました。タバコを吸わない私としては、ゴロワーズやジタンといわれてもピンとこなかったのですが、なるほどという感じです。フランス映画とも深く結び付いたタバコだったわけですね。紹介してくださった浅野素女さんの本、私がベルリンでやろうとしていることとかなりリンクするのを感じました。ぜひ読んでみたいと思います。la_vera_storiaさんとベルリンでお会いすることがあるとしたら、西よりも東の方がふさわしいかもしれませんね。ベルリン、パリ問わずいろいろなお話を伺えるのを楽しみにしています。

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