発掘の散歩術(8) -オットー・ヴァイトと人知れぬ英雄たち(後)-

Museum Blindenwerkstatt Otto Weidt
(大分時間が空いてしまいましたが、オットー・ヴァイト盲人作業所博物館の話の後編をお届けします。前編はこちらよりどうぞ)
当時の工房の様子が再現された部屋を抜け、トイレと物置だった部屋を過ぎると、最後の4部屋に行き着く。思わずはっとした。ここだけは改装をまったく施さない状態で残してあったからだ。「幸運な救出」という部屋では、最終的に大戦を生き延びたごくわずかな生存者のことが紹介されていた。その1人、インゲ・ドイチュクローンという女性は、ヴァイトが偽名を使った労働証明書を発行したため、収容所送りを免れたという。
最後の部屋では救出に失敗した事例が紹介されていた。例えばホルン一家をヴァイトはこの部屋の奥に匿ったが、後にゲシュタポに見つかり全員がアウシュヴィッツに送られ殺害された。洋服ダンスにカモフラージュされたその奥には、彼らが不穏な日々を送ったであろう小部屋が隠れていた。この前に立って感じた気分はうまく言葉にできない。
Inge Richterの偽名を使ったインゲ・ドイチュクローンの労働証明書(1943年12月15日)。
帰り際、博物館で働くジョイア・カルナーゲルさんが、いくつか印象に残る話を聞かせてくれた。
「この場所を博物館として保存しようとする動きが出てきた時、大きな役割を担ったのが生存者のドイチュクローンさんです。彼女が奥の部屋を見て、『昔と何も変わっていないわ。この部屋は改装しないで残してほしい』と言ったので、そのまま保存することになったのです」
「え?ドイチュクローンさんは今もベルリンにお住まいなのですか?」
「ええ、88歳になりますが、信じられないくらいパワフルな女性です。今でも時々生徒のグループを連れて、ここを案内していますよ」。
大通りに出ると、見慣れた風景がいつもと違う色合いを帯びていた。勇気ある者の尽力によって生き延びた1人のユダヤ人女性が今もベルリンのどこかで元気に生活している。そう思うと、少しは救われる気持ちだった。機会があれば、ドイチュクローンさんにお会いしてみたい。
ドイツニュースダイジェスト 3月11日)
Information
オットー・ヴァイト盲人作業所博物館 
Museum Blindenwerkstatt Otto Weidt

1999年、歴史を学ぶ学生グループがここでヴァイトについての展示を行ったことが、この場所を博物館として保存する動きにつながった。入場無料で、説明は英独表記。毎週日曜の15時からは無料のガイドツアーが開催される(事前申し込み不要)。ヴァイトは死後、イスラエルより「諸国民の中の正義の人」としてその名誉を称えられた。
開館:10:00~20:00
住所:Rosenthaler Str. 39, 10178 Berlin
電話番号:(030)285 99 407
URL:www.museum-blindenwerkstatt.de
記念館「人知れぬ英雄たち」
Gedenkstätte Stille Helden

ハウス・シュヴァルツェンベルクの入り口を入ってすぐ左手の2階にある、2008年にオープンした新しい記念館。「オットー・ヴァイト」と同じくドイツ抵抗運動記念館が運営しており、ナチス支配下の時代、ユダヤ人を救おうとした無名の英雄たちに焦点を当てている。数々の「シンドラー」とここで出会えるはずだ。こちらも入場無料。
開館:10:00~20:00
住所:Rosenthaler Str. 39, 10178 Berlin
電話番号:(030)23 45 79 19
URL:www.gedenkstaette-stille-helden.de



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3 Responses

  1. berlinHbf
    berlinHbf at · Reply

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    はじめまして。リンク貼っていただきありがとうございました。またいつでもお立ち寄りください。

  2. sora
    sora at · Reply

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    ヴィルヘルム・ハマスホイの室内画のような、ひとけのない不在の空間。こんな場所がいまでもベルリンには残られているんですね。大変関心深いです。

  3. berlinHbf
    berlinHbf at · Reply

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    soraさん
    この最後の部屋に入ったときの驚きは今でも忘れられません。静寂の中にもただならぬ気配を感じました。機会があったら、ぜひ訪ねていただきたいです。

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