文章を書く仕事をしている関係からか、ベルリン在住の特派員の何人かの方とお付き合いがあります。皆さん取材で飛び回っていることが多いので、頻繁にというわけではないものの、時々食事などをご一緒しながら仕事や旅、好きな本の話などをしては、刺激を受けています。
東京・中日新聞の宮本隆彦記者も親しくさせていただいている一人。昨年の春頃だったか、近所の中華のお店でお会いした際、宮本さんがある写真家のノンフィクションについて熱く語っていました。それが、『メモワール 写真家・古屋誠一との二〇年』(小林紀晴著)という本でした。宮本さんは、学生時代にたまたま古屋誠一という写真家の作品に出会って以来、興味を持っているのだとか(私は正直それまで知りませんでした)。今年に入って、宮本さんからこの本を借りて読んだのですが、これまで味わったことのないような読後感の残る本でした。古屋誠一は若い頃に渡欧し、そこでオーストリア人のクリスティーネと出会い結婚します。しかし、やがて彼女は精神を病み、1985年10月、当時古屋の仕事の関係で滞在していた東ベルリンの高層アパートから飛び降りて自殺を遂げます。古屋はクリスティーネとの8年間を克明に記録し続け、『Mémories』と題した写真集をこれまで何冊も発表してきました。詳しい内容についてここではこれ以上触れませんが、「人はなぜ撮るのか、作品を残そうとするのか」という表現の根幹にも問いを投げかける、ある種の衝撃を受けたノンフィクションでした。
6月頭、私の友人の写真家のTwitterで、古屋さんの新しい写真集のプレゼンテーションがポツダム通りのThomas Fischerというギャラリーで行われることを知り、宮本さんを誘って出かけてきました。古屋さんはこのイベントのために自宅のあるオーストリアのグラーツからやって来られたそうですが、ご覧の通りの大盛況。キュレーターとのトークセッションでは、作品が生まれた経緯などを流暢なドイツ語で語っていました。
この新しい写真集のタイトルは『Staatsgrenze 1981-1983』。「国境」という意味です。1981年から83年にかけて、古屋さんは家族を連れてオーストリアとの国境線に沿って車で走り、記録に収めました。新作と言っても30年以上前に撮影された作品をまとめたものですが、長年『Mémories』に取り組んできた古屋さんにとって、新たな一歩となる作品となったようです。
宮本さんは当初、「せっくの機会だから名刺だけでも渡せたら」というぐらいの気持ちだったそうですが、イベント終了後古屋さんに挨拶した際、インタビューの打診をしたら快く応じてくれ、その2週間後にはもうグラーツに飛んでいました。インタビューの翌日、宮本さんから届いたメールには、古屋さんの自宅にまでお邪魔して計5時間ぐらい話を伺ったことに加え、「当然、小林紀晴さんの『メモワール』の印象に引っ張られていたわけですが、(今回のインタビューで)それが修正されるような部分もありました」と書かれており、私もその中身が気になっていました。実は先週、久々に宮本さんに会って今回の話を聞く予定だったのですが、ウクライナの旅客機撃墜事件で宮本さんは急遽ウクライナに飛ぶことになり、約束は流れてしまいました。
明日7月27日(日)の東京新聞の朝刊に、宮本記者による「古屋誠一 ロングインタビュー」が掲載されるそうです。以上のような経緯から、私もどんな内容なのか全然把握していないのですが、興味深いインタビューになっているのは間違いないので、ここでご紹介しようと考えた次第です。ご興味がありましたら、ぜひ明日の東京新聞を手に取っていただけたらと存じます。