マルティン・レーアさんの授章式@日本大使館

マルティン・レーアさんの授章式@日本大使館

4月にインタビューをさせていただいた知人のマルティン・レーアさんが、この度日本政府から勲章を受章された。個人的にもとてもうれしい出来事だったので、ここでご紹介させていただきたいと思う。 関連記事: マルティン・レーアさん…

外林秀人さんインタビュー(3) -核をめぐる2つの場所-

外林秀人さんインタビュー(3) -核をめぐる2つの場所-

旧カイザー・ヴィルヘルム化学研究所の建物。当時のままの外観を保っている。 外林さんが長年勤めたマックス・プランク協会のフリッツ・ハーバー研究所は、奇しくも核をめぐるもう1 つの原点の場所と向かい合っていた。問われる政治家…

外林秀人さんインタビュー(2) -なぜ被爆体験を封印してきたか-

外林秀人さんインタビュー(2) -なぜ被爆体験を封印してきたか-

外林さんはヒロシマの被爆者である。16歳の時、広島高等師範学校の化学の授業中に爆風を受けた。爆心地から南にわずか1.7 キロの距離だった。奇跡的に生き延びたものの、原爆で母親、そして多くの親戚や知人を亡くしている。この体…

外林秀人さんインタビュー(1) -ベルリンほど原爆に安全な場所はなかった-

外林秀人さんインタビュー(1) -ベルリンほど原爆に安全な場所はなかった-

8月にインタビューをさせていただく機会のあったベルリン在住の科学者、外林秀人さんの記事が今週号のドイツニュースダイジェストに掲載されました。字数の関係で掲載できなかった部分も含め、これから3回に分けて再掲したいと思います…

佐渡裕さんに『素顔のベルリン』をご紹介いただきました

今日、佐渡裕さんのベルリン・フィルへのデビュー(来年5月)が正式に発表されましたね。2008年2月、「音楽の友」誌へのインタビューで佐渡さんにお話を伺った際、「これからは海外での活動の重点をドイツに移していきたい」とおっ…

マルティン・レーアさんインタビュー(2)

マルティン・レーアさんインタビュー(2)

国際通貨会議での一場面。ケーラー大統領夫妻のすぐ横で マルティン・レーアさんとのインタビューの後半をお送りします。 そもそも儀典(プロトコール)の規則というのはどのように決められたものなのでしょうか? もともとは中世の時…

マルティン・レーアさんインタビュー(1)

マルティン・レーアさんインタビュー(1)

Photo: Thilo Rückeis これから2回に分けて、私にとって7年来の知人であるマルティン・レーアさんとのインタビューをお送りします。レーアさんは、約10年間ドイツ連邦大統領府の儀典長を務められ、「日本」そし…

ライプチヒ通りのメンデルスゾーン

ライプチヒ通りのメンデルスゾーン

前回「メンデルスゾーン・レミーゼ」をご紹介しましたが、作曲家のフェリックス・メンデルスゾーンが住んでいた家は、そこから少し離れた場所にありました。 それが、ポツダム広場からほど近い、ライプチヒ通り(Leipziger S…

クロイツベルク回想録1988-89(5) - あれから20年 -

クロイツベルク回想録1988-89(5) – あれから20年 –

映画『クリスチーネ・F』(原題は『われら動物園駅の子どもたち』) 長野順二さんによる「クロイツベルク回想録1988-89」の最終回をお送りします。 <クリスチーネ・F> かなり冷え込んでいた秋の夜遅く、公園の脇を通りかか…

クロイツベルク回想録1988-89(4) - パンクたち -

クロイツベルク回想録1988-89(4) – パンクたち –

当時ベルリンで盛んに行われていた“空家不法占拠居住運動”のシンボルマーク。落書きの様にしてアパートの壁などにデカデカと描かれているのを所々で見かけた(長野順二さん所蔵の写真より) <パンク> クロイツベルクではパンクの若…

クロイツベルク回想録1988-89(3) -この街に生きる人々-

クロイツベルク回想録1988-89(3) -この街に生きる人々-

写真家ヴォルフガング・クローロフ(Foto: Jana Farley) 長野順二さんによる「クロイツベルク回想録1988-89」の第3回目は、写真家ヴォルフガング・クローロフを通じて出会ったクロイツベルクの人びとについて…

クロイツベルク回想録(2) -ウォルフガングとの出逢い-

クロイツベルク回想録(2) -ウォルフガングとの出逢い-

西側の壁際で無邪気に遊ぶ子供たち(長野順二さん所蔵の写真より) <クロイツベルクの第一印象> 晩秋というよりも冬のような、曇天の多い底冷えするベルリンは、繁華街でもどこか寒々しい白黒写真の様なモノトーンの街、それが第一印…

クロイツベルク回想録1988-89 (1) -国境越え-

クロイツベルク回想録1988-89 (1) -国境越え-

今回より長野順二さんのクロイツベルク回想録をお届けします(写真も長野さん所蔵のもの)。 -------------&…

「クロイツベルク回想録1988-89」を始めるにあたって

壁崩壊からちょうど20年というこの秋、6年半住んだクロイツベルクを離れるにあたって、ぜひともこのブログで紹介したい話がありました。 事の発端は2年前の秋にさかのぼります。クロイツベルクを撮り続けてきたヴォルフガング・クロ…

「赤の島」のマレーネ・ディートリッヒ

「赤の島」のマレーネ・ディートリッヒ

Leberstraßeにて(2008年8月) ベルリン生まれのもっとも有名な女性といったら、今でもやはりこの人だろうか。 マレーネ・ディートリッヒ(1901-1992)。彼女の生家は、シェーネベルク地区東端の三角地帯、通…