「音楽紀行」(吉田秀和著)

しばらく前のことになるが、評論家吉田秀和さんの「音楽紀行」(中公文庫。廃刊中)という本を久々に再読した。1953年から54年にかけて、吉田さんが初めて海外に出かけ、アメリカとヨーロッパでコンサートやオペラを観て聴きまくったときの記録である。あとがきで述べられているように、50年代前半のこの時期は欧米の音楽界の転換期だった。フルトヴェングラー、トスカニーニ、ヴァルターといった巨匠が引退、あるいは亡くなる直前で、一方でカラヤンやケージといった音楽家が注目を集めつつあり、吉田さんは彼らのコンサートを全てライブで体験しているのだからすごいというほかない。今でこそ、海外までコンサートを聴きに行くのは特別なことではなくなってしまったけれど、戦後間もない当時の日本の音楽ファンが吉田さんの海外レポートに対して抱いたであろう「別世界感」は、想像がつきにくいものがある。
ほかの多くの人同様、私も吉田秀和さんの著作でクラシック音楽の楽しさを教えてもらった1人である。表現が巧みでわかりやすいだけでなく、文章そのものに替えがたい魅力があるからだと思う。例えばこの本の中で私が好きなのは、ニューヨークで聴いたピエール・モントゥーの印象を綴った箇所。こんな感じです。

しかし、このオーケストラでも一番感激したのは、最後にきいたピエール・モントゥーの指揮の時だった。トスカニーニはたしか87歳であるが、モントゥーは79歳だったかと記憶している。背が低くて、非常に肥満し、大きな頭をして口許というより頤の両側にかなり長いなまずひげをぶらさげている。たてとよこが大体同じで、円味をおびた人間。それがのそのそとステージに現われ、棒をとりあげる姿は、何とも時代がかかっている。いかにもフランスの老人、老大家である。御苦労様、さぞかし面倒臭いことでしょう、と云いたくなる。ところがその演奏はそんなものではないのだ。

昨年、実家から送られてきた新聞の切抜きの中に、吉田さんのインタビュー記事があった(2006年12月25日。読売新聞文化欄)。それを読み返すと、彼の表現へのこだわりを感じさせるこんな箇所がある。

僕が駆け出しのころ、クラシックを知っている読者は本当に少なかった。だから、どうすれば面白く読んでもらえるかとずいぶん頭をひねった、いや七転八倒した。最近の若い人はそうでもないのかなあ。

最近よくみかける「専門的な音楽用語を重用し、主観的な印象を極力遠ざけようとする」批評に対してはこう述べる。なるほどなと思う。

例えれば「あの店のトンカツはおいしい」と書かずに「揚げる温度は何度で、油の銘柄は何々」と書くようなもの。これでは一般読者は食べたいと思わない。自分の感情に従って、おいしいものをおいしいと書くのが批評。そこに読者は魅力を感じるのです。

さて、1954年の5月初めに、吉田さんはその半年後に亡くなるフルトヴェングラー指揮のコンサートをパリで聴いている。その印象を綴った箇所は、本書の中で間違いなく白眉に数えられるだろう。

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けれども、ぼくのこの時のフルトヴェングラー体験の絶頂は、アンコールでやられた“トリスタンとイゾルデの前奏曲“と“イゾルデの愛の死“だった。オーケストラの楽員の1人1人が、これこそ音楽中の音楽だという確信と感動に波打って、演奏している。いや確信なんてものでなく、もうそういう風に生れついて来ているみたいだった。フルトヴェングラーが指揮棒をもった右手を腰のあたりに低く構えて高く左手を揚げると、全オーケストラは陶酔の中にすすり泣く。それにベルリン・フィルハルモニカーのフォルテとピアノとの対比の美しさは、全くすばらしい。ことに、ピアニッシモの美しさはほかで絶対にきいたことのないものだった。オーケストラが完全に鳴っていて然もあんなに静かで、あんなに表情にとんでいる、こんな小さな音!

長い旅行が終わりに近づいた1954年9月、吉田さんはベルリンに降り立つ。そこに記されている最初の印象は、いまにも通じるベルリンという街の本質的な一面を見事にとらえているように思うので、最後にその箇所を抜き出してみたい。

 わたしののった飛行機はベルリンのテンペルホーフ飛行場についた。7月の下旬にロンドンを出てから、2ヶ月ほどした9月の21日の午後のことだ。
 なぜロンドンから数えたかと言うと、ベルリンについた途端に、ああ、これは世界的な大都市だ。いままで、何と自分は小さな地方都市や田舎ばかり廻ってきたことだろう!と強く感じたからだ。そのあとでハンブルクやケルンやその他のドイツの都会を幾つかみたけれども、結局、ドイツには大都会といえばベルリンしかないという感じは変らない。つまりパリ、ニューヨーク、ロンドン、ローマ、それからベルリンというようなまちは、世界的な大都市であり、国際的な性格と、まちに張る知的な感じの中に、ウィーンとも、アムステルダムとも、ミュンヘンとも、非常にちがうものがあるのである。
 しかしそういったコスモポリスの中でも、ベルリンはまた非常に独特な大都市である。わたしはそれを街の様子にも、市電や省線にのる人の、その物腰にも感じ、音楽会にも感じる。いつか、わたしはドイツ人には、非常にロマンティックな、夢みるような、内面的に素朴な感じの人と、聡明だが、冷厳といってもよい位冷くて、何処か非人間的な感じのする人との、2つのタイプがあると書いた。そのタイプは、また各人の中に、共存している時もある。この人の好さ、生毛のような柔らかさと、冷然と厳粛な面が、1人の人に感じられる場合もある。例として極めて適当とはいえないが、バッハの音楽にも、ちょっとそういうところがある。あのポリフォニーと神秘性との共存。それは北ドイツのある面なのかも知れないが、ベルリンという都会はそれを実に鋭くとぎすまされた形で感じさせる都会だった。そこには、刺すように冷い、尖鋭にシニックな独特なものの気配もある。わたしはウィーンの人たち、それからミュンヘンの人たちが、ベルリンの名をいう時に、時々、包みきれないようにちらりと仄めかした、反感と憎悪をここにきて生ま生ましく思いだした。

当時すでに40代だった吉田さんが、いまだに現役で評論活動をしている(らしい)ということには、まさに驚嘆するほかない(現在94歳)。先のインタビューにはこういう箇所がある。

音楽を楽しむ感覚が今までにも増して新鮮に感じられるようになってきた。

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4 Responses

  1. pfaelzerwein
    pfaelzerwein at · Reply

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    私も小中学生の時にそれらをよく読みましが、全て古本屋に投げ売りました。彼らは殆どの初版本を叩いて買い、高く売った事と思います。

    吉田の旅行記ものは、のちに今は亡き奥さんを連れ添ったものも含めて、生来の旅行下手の典型的珍道中記コメディーになってますね。それは大衆文学としては面白いのかもしれませんが、音楽ジャーナリズムとしては首を傾げるものが多いようです。

    まさにこのあたりに、「なにも分からん極東のサル」どもを啓蒙してやろうと言う魂胆が先走りして、先ずは自らの更に世界を見て伝える目が失われているようです。さしずめ、氏の文化批評は、そうした体制的な態度で読者を啓蒙しようとするかの朝日新聞の態度と極似しているとするのが、私の批判です。

    戦前のドイツ音楽の実状などを書いた日本人の書籍には、今我々が読んで為になる、これとは比較出来ないほど優れたものがあります。吉田の執筆は、大衆化した教養主義と言う高度成長時代の錦を飾った面があり、俗物意識を巧く擽る妙味を身に着けていたとは言えないでしょうか?

  2. la_vera_storia
    la_vera_storia at · Reply

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    中央駅さん、素晴らしい本をご紹介いただきました。この本は思い出深いです。私が最初に読んだのは70年代後半で、それ以来、折に触れて何度も読んできました。中央駅さんも指摘された過去の巨匠の実演体験もさることながら、この本の素晴らしいのは、各地での音楽の印象だけでなく、その街についての印象がさりげなく、そして的確に捉えられている点です(たとえばパリ、ローマ、ウィーン、アムステルダム、ベルリン)。各地でひたすらに音楽を求めていたはずの吉田さんでしたが音楽だけでなく、もっと大きなものに眼を開かれていく様子がうかがわれ、その感性の柔軟性に驚くと同時に決して硬直化されない表現で記述されている点は実に素晴らしいです。現在も我が家の書棚の重要な場所にしっかりと収まっています。

  3. berlinHbf
    berlinHbf at · Reply

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    >pfaelzerweinさん
    書き込みありがとうございます。吉田さんへの批判的な論調のご意見にちょっとびっくりしてしまいましたが、こういう見方もあるのかと思って拝読しました。私としてはこの本を読んでの感想を書いたまでなので、いただいたご意見に敢えて反論したりするつもりはありませんけれども、異なる意見との出会いも含めてそれもネットのよさだと思いました。

  4. berlinHbf
    berlinHbf at · Reply

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    >la_vera_storiaさん
    コメントありがとうございます。吉田さんがまだ音楽会通いをされていることに驚きました。あのタフさはどこから来るのでしょうね。おっしゃっている、氏の「感性の柔軟性」のようなものは海外初体験のこの本からすでに伺えると私も思っているのですが。

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