階段を上がって、普段の一般見学とは違う入り口から連邦議会議事堂の中に入った私は、いきなり目に飛び込んできたものを見て、思わず息が止まりそうになった。これだ、これが見たかったのだ!
第二次大戦末期、苛酷な地上戦を制したソ連軍の兵士が残した落書きが、ライヒスターク内に残されていることは知っていたが、ここにあったとは・・・。
もちろん修復はなされているのだろうが、63年前のものとは思えない生々しい歴史の証拠品を前に胸がいっぱいになった。そばに立っていた係員に聞いてみたところ、主に記されているのは兵士の名前や出自、日付などだという。
エレベーターで一気に屋上に上ってガラスのドームを回るだけでは見えてこないものが、ここにあった。年に一度でもいいからこの部分も公開すればいいのに、などと勝手に考えてしまった。
このグラフィティを見渡すと、1945年5月9日と記されたものが一番多いことに気付く。つまり、ドイツの公式の終戦日の翌日ということになる。
「ライヒスタークのソ連軍」でどうしても触れざるを得ないのが、先日ご紹介したエフゲニー・ハルデイのあの写真だ。WikipediaのReichstagsgebäudeの項目によると、ソ連軍がライヒスタークの屋上に赤旗を掲げたのは45年4月30日で、その日の15時頃モスクワに報告されたという。だが、この時点ではナチス軍との戦いが内部でまだ続いていた。
ハルデイの写真は、その数日後、ソ連のプロパガンダ用に演出して撮影されたものだったのだ。奥に見える2方向から上がっている煙は、実は後から合成されたものである。先日の展覧会でもこのことが詳しく紹介されていた。それは差し置いても、この写真の構成は、報道写真として見事というほかない。
ベルリンのソ連兵で、他にどうしても思い出してしまうのが、彼らがその後一般市民(特に女性)に対して行った暴行の数々である。それは、いつか紹介した「舞台・ベルリン」という本に出てくるし、当時の日本人留学生による印象的な回想録「ベルリン戦争」(邦正美著)にも生々しいシーンが描かれている。最近では、「ベルリン終戦日記―ある女性の記録」(白水社)という本が翻訳された。
さまざまな過去を背負った上で、現在のドイツ連邦議会の本会議場は、63年前にソ連兵が残していった落書きに囲まれて、ある。
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8月15日の日本にとっての終戦(敗戦)の日も近づいてきました。マサトさんの今回の話題は「ドイツ連邦議会の落書き」というものを絶妙な導入手段にして、「ベルリンでのソ連軍」の話題に展開されているのは実に見事です。これは本当は非常に重いテーマですね。最後にご紹介いただいた本(“Eine Frau in Berlin”)、これについてはかつて(2005年12月)中欧の掲示板に感想を書いたことがあります。そのときは感想をストレートには書きにくい内容と感じ、「奥歯に物の挟まった状態」以上の不自由で不自然な文章を書かざるをえなかったわけです。こういう話題・内容を不快に感じられる方もいらっしゃいましたので(特に仲間内が参加しているネットの特定の場所などで)必ずしも容易ではなかったわけです。しかしこの“Eine Frau in Berlin”は映画化されたそうですから、今さらタブー視するのがおかしいのでしょうね。
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同じ時期にあそこに「Alt-Tegelの夜(1)」というのを投稿しましたが、あの続きは封印したままです。私がベルリンで聞いた、ある母と子供の戦後の艱難辛苦の体験談を続けるつもりでしたが状況がふさわしくないと考え止めました。いつしかどこかで、今回の話題について率直で仮借のないことも書きたいと思います。ベルリンでの「出来事」は、実は比較的これでも世間でもある程度語られ文章になり(そして映画化され)ましたが、実は他の中欧(東欧)の都市でも起こったことです。そういった都市ではベルリンと異なり、「出来事」は公式・非公式に見事なまでに封印されています。そういう「無言のコンセンサス」があるわけですね。(特にWという都市は顕著ですね。)
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>la_vera_storiaさん
この連邦議会の内部については、いつご紹介しようかと思っていたのですが、奇しくも日本の終戦の時期と重なりました。“Eine Frau in Berlin”という本は、実はまだ読んだことがありません。ただ、amazonの感想欄を見てもかなり話題になった本だということが伺われますね。2枚組みの朗読CDもあるようですが、最後まで聴き通す覚悟が私にあるかどうか・・・。
>ある母と子供の戦後の艱難辛苦の体験談
これは大変興味深いです。いつか拝読できる機会があることを願っています。他の都市での「無言のコンセンサス」というのも気になりました。Wといえば、やはりオーストリアの観光都市でしょうか・・・。
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マサトさん、ご無沙汰しています。
東京は相変わらず猛暑が続いていますが、そちらは如何でしょうか?
最近、戦争末期ドイツ社会についての調べ物をしていまして、いろいろな文献をかたっぱしから読んでいるのですが、マサトさんのエントリーで初めて存在を知った文献も少なくなく(研究者の端くれとしてお恥ずかしい限りですが)、この『ベルリン戦争』も「そんな本があったのか!」と早速取り寄せて、非常に興味深く読みました。東部からの避難民や、ベルリン近郊の女性たちが受けた苦痛が、直に伝わってくる本ですね(ちなみに筆者は「邦正美」さんです)。
エフゲニー・ハルデイのこととか、『舞台・ベルリン』とかも、これからカタログや本を取り寄せるつもりです。
お礼かたがた、コメントまで。
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>Takuyaさん
お久しぶりです!そして(おそらく初の?)コメントありがとうございます。
このブログの記事がTakuyaさんの研究の何らかのお役に立ったとしたら、望外の喜びです。『ベルリン戦争』は私も昨年初めて読んで、大変感銘を受けた本です(筆者の名前、うっかりしていました!)。機会があったらこの本を詳しく紹介したいと思いながら、さらっと書けるテーマでもないのでいまだにその機会を逃し続けています。『舞台・ベルリン』も大変いい本ですよ。Takuyaさんなら原文でもすらすら読めることでしょう。
上記2冊は、実は上にコメントされているla_vera_storiaさんが別サイトで紹介されていたのが、読もうと思ったきっかけでした。このブログは、自分にとっても学びの場所になっています。
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>la_vera_storiaさん
ご紹介ありがとうございます。件の映画はこちらのメディアでも話題になっています。ここまで言ってくださったからには何とか取り上げるつもりでいます。もちろん個人的にも興味ありますし。