沖縄美ら海紀行(1) – まずは歴史から –

沖縄県は、日本の47都道府県の中でまだ唯一足を踏み入れたことがない地だった。もともと鉄道を使っての旅が好きなので、沖縄は目的地の対象になりにくい。またどうしても「リゾート」というイメージが強く、マリンスポーツと無縁な自分にはあまり縁がない場所のような気がしていた。そんな近くて遠い沖縄に新婚旅行という機会で行くことになった。
10月5日、午後のJALで羽田から一路那覇空港へ。国内線の飛行機に乗るのは、幼稚園のとき家族旅行で北海道へ行って以来だった。
今回は移動手段にレンタカーを使った。日本の免許証はしばらく前に失効してしまったので、ドイツの免許を持って麻布のドイツ大使館へ赴き、翻訳証明を作ってもらう(手数料に5千円ほどかかるが、これで国際免許証を取る必要はない)。日本で車を運転するのは何年ぶりだろう。自分で言うのもなんだが、最初は実に危なっかしい運転で、同乗者を何度も冷や冷やさせることになる。
翌日からのホテルが島の北部に位置するので、南から北へというルートで回ることに決め、まずはいきなり島の再南部、糸満市摩文仁の平和祈念公園へ。新婚旅行で来るには、あまりに重い場所だ。でもせっかく来たのだからと思い、ざっと見ようと資料館の中に入ったのだが、結局時が経つのを忘れて見入ってしまった。
沖縄の地上戦がどういう経緯で起きたかも、その後訪れたひめゆりの塔の話も、知っているようでいてほとんど知らなかった。それだけに実に衝撃的だった。あの凄惨な地上戦は、約1ヶ月ほどしか時間的差異のないベルリンのそれとダブって見えてきた。「地形が変わるほど天文学的な爆弾が打ち込まれた」という説明書きの付いた首里城の廃墟の写真もショッキングで、これを眺めていたら再建された首里城にはどうも行く気が失せてしまった。
「平和の火」から望む碧い海。この美しい風景が、第二次大戦最後の激戦地の舞台となった。
平和祈念資料館では戦後の沖縄のことも展示されていたが、冷戦の枠組みの中に極端に組み込まれたという点で、やはり私が現在住む町の過去と重なってくる。沖縄の本土復帰を報じる新聞の記事は、ベルリンの壁崩壊に通じるような感慨があった。ベルリンはすっかり平和になったが、日本の米軍基地のいまだ8割近くがある沖縄の現実・・・。
ここに住む人の声、そして彼らを取り巻くさまざまな状況を知りたくなった。
(つづく)

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One Response

  1. berlin_author
    berlin_author at · Reply

    Commented by アイヒェントプフ at 2008-10-20 23:08 x
    いよいよ始まりました沖縄道中記。久々の国内飛行機旅行だったのですねぇ。ちょっと前まで皆フェリーで行き来していたみたいですが…。結局嘉手納基地にはたどりついたのでしょうか。。楽しみにしてまっす☆

    Commented by あk at 2008-10-21 05:29 x
    20年ほど前に沖縄に一度行きましたが、当時はまだ首里城の周りの山道に黒こげになった防空壕がいくつも残っていました。子供心に恐ろしい物だと記憶しています。それに比べてひめゆりの塔の前に米軍払い下げの雑貨を売る店なんてありまして、複雑な思いをしましたね。

    Commented by berlinHbf at 2008-10-21 21:45 x
    >アイヒェントプフさん
    教えてくれた現地情報は全て役立ちました。ありがとう。これから報告していくので、お楽しみに!

    Commented by berlinHbf at 2008-10-21 21:51 x
    >あkさん
    >まだ首里城の周りの山道に黒こげになった防空壕がいくつも
    20年ほど前はまだそういう感じだったのですか。
    今回初めて訪れて、美しいばかりじゃない沖縄も見えてきて、興味深かったです。

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