「壁とベルリン」第1回 – 壁崩壊から20年 –

Potsdamer Platz (2009.04)
「もう」なのか、「ようやく」なのか。2009年、ベルリンの壁崩壊から20年を迎えての感慨は、人によって、あるいは視点の置き方によって様々だろう。
壁の時代は遠くになりにけりと私が感じるのは、市内にごくわずかに残る本物の壁の前に立った時だ。表面のコンクリートはガリガリに削り取られ、錆付いた鉄骨がむき出しになって向こう側が透けて見えることもある。にもかかわらず、今日も世界中の観光客が絶えることなく訪れ、その前でにこやかに記念撮影をしている。壁はいまや、ベルリンを代表する観光アトラクションになった。
金融危機の世の中だが、ベルリンを訪れる観光客の数は右肩上がりだそうだ。団体ツアーには必ず壁跡を巡るコースが含まれているし、壁を見たいと言ってやって来る個人旅行者も少なくない。市内に残る最長の壁、全長1.3キロの「イーストサイドギャラリー」は今年全面的に修復され、その表面にアーティストが新たにペインティングをすることになっている。そもそも負の遺産であるコンクリート製の壁が、なぜ人々をそんなにも引き寄せるのだろうかと、時々ふと思う。
風化し、錆び付いていく一方の本物の壁とは対照的に、ベルリンの町は見事なまでに生まれ変わった。とはいえ、ベルリンを隅々まで歩くと、20年という歳月は傷だらけの大都市を完全に復興させるには決して十分な時間ではないことを感じる。壁によって東西が分断されていたのは28年間だが、第2次世界大戦の惨禍と壁建設に至るまでの平穏でない年月を含めると、ベルリンはほぼ半世紀もの間、1つの都市としての成長過程から阻害されていた。ポツダム広場は確かに新生ベルリンの象徴と言えるかもしれないが、中心部にまだこれだけ空き地や廃墟が存在する大都市も珍しい。ベルリンはこれからも変わり続けるだろう。「ようやく」始まったばかりなのだ。
私はベルリンの壁を直接には知らない。分断時代、西から東へ行く際の検問所の手続きがいかにわずらわしいものだったかとか、当時のベルリンにしかなかった重苦しさ、焦燥感、刹那的な雰囲気、そのコントラストとしての自由な空気といったものを、実感を持って語ることはできない。だが、ちょうど世界の地理と歴史の授業を受けていた中学生時代、遭遇した壁崩壊のニュースは、鮮やかな記憶をもって、今も脳裏に浮かんでくる。何となく普遍的な事柄のように思っていた教科書の太文字の用語が書き換えられることなどありえるのかと知ったのは、生まれて初めてのことだった。あの時、テレビの画面を通じて感じたドイツの人々の歓喜とうねりは、その後の現実が痛みを伴うものであったとしても、私の中では不思議と色あせることがない。
今年、ベルリン市は「Mauerfall 2009」を掛け声に、壁崩壊年を回顧する大小さまざまな企画を予定している。そのような取り組みを紹介しながら、壁があった時代とは何だったのかを改めて振り返ってみたいと思う。
ドイツニュースダイジェスト 5月1日)
「ドイツニュースダイジェスト」で今年限定の新しい連載が始まりました。お付き合いいただけると幸いです。



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18 Responses

  1. 第三市民
    第三市民 at · Reply

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     毎日壁を通りぬけて、旅券とビザと所持金明細を見せながら通勤で往復していました。
     壁は触るのも嫌でした。 単なる眼隠しではなくて、その延長線上では銃撃で射殺された人もいたし、東側から見る壁はあまりに整頓されていて、威圧感そのものでした。
     チェックポイント・チャーリーのすぐ近くにMauerstr.と言う正式名称の「壁通り」があって、商談相手の連絡事務所があるのですが、いつまでたっても道路を舗装しなくて、いつも靴が汚れる場所でした。

     壁の傍に「壁通り」なんて、東側が皮肉で付けた名前か?と首を傾げていましたが、なんと歴史的には初代の壁が、兵隊が逃げないように君主によって作られた名残だったのです。
     2002年夏久しぶりのそのあたりを歩いてみました。
     道路は舗装されて、道幅も広くなったような印象でした。
     昔の建物も外装に手入れをして、明るく綺麗になっていましたが、昔と変わらず人通りが全くなく寂しい乾燥した光景でした。

  2. 第三市民
    第三市民 at · Reply

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     毎日壁を通りぬけて、旅券とビザと所持金明細を見せながら通勤で往復していました。
     壁は触るのも嫌でした。 単なる眼隠しではなくて、その延長線上では銃撃で射殺された人もいたし、東側から見る壁はあまりに整頓されていて、威圧感そのものでした。
     チェックポイント・チャーリーのすぐ近くにMauerstr.と言う正式名称の「壁通り」があって、商談相手の連絡事務所があるのですが、いつまでたっても道路を舗装しなくて、いつも靴が汚れる場所でした。

     壁の傍に「壁通り」なんて、東側が皮肉で付けた名前か?と首を傾げていましたが、なんと歴史的には初代の壁が、兵隊が逃げないように君主によって作られた名残だったのです。
     2002年夏久しぶりのそのあたりを歩いてみました。
     道路は舗装されて、道幅も広くなったような印象でした。
     昔の建物も外装に手入れをして、明るく綺麗になっていましたが、昔と変わらず人通りが全くなく寂しい乾燥した光景でした。

  3. Ken
    Ken at · Reply

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    文章はもちろん、写真もストレートでピリっとした記事で、かっこいいです。
    アメリカブランドでNIKEに買収された、背景の”CONVERSE”が示唆的ですね。

  4. Ken
    Ken at · Reply

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    文章はもちろん、写真もストレートでピリっとした記事で、かっこいいです。
    アメリカブランドでNIKEに買収された、背景の”CONVERSE”が示唆的ですね。

  5. キートス
    キートス at · Reply

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    面白くて、奥深い記事をありがとう。もう20年、って気がします。壁のあった時期と、崩壊という大きな出来事の記憶がまだ新鮮です。でも20年というのは、壁を全く知らない人がそれだけ増えてきている、とのことですね。観光アトラクションになったのは仕方ないけど、そこで人が殺され、その遺族がまだ生きていることを忘れてはなりませんね。

  6. キートス
    キートス at · Reply

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    面白くて、奥深い記事をありがとう。もう20年、って気がします。壁のあった時期と、崩壊という大きな出来事の記憶がまだ新鮮です。でも20年というのは、壁を全く知らない人がそれだけ増えてきている、とのことですね。観光アトラクションになったのは仕方ないけど、そこで人が殺され、その遺族がまだ生きていることを忘れてはなりませんね。

  7. mamafisher
    mamafisher at · Reply

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    はじめまして、現在ロンドン在住の者です。数日前に初めてベルリンに滞在して、ベルリン市内とポツダムをまわりました。2つの街は電車で半時間ほどの距離しか離れていないのに空気が全く違うのが不思議で…いろいろ調べているうちにこのブログにたどりつきました。

    戦後の近代的なベルリンと戦前のプロイセンの空気を感じるポツダム、壁のこっち側と向こう側、今では目に見えない時間の境界線が2つの街の間にあるんですね。
    ベルリンは明るく清潔でおしゃれ!かと思うと、暗い過去の空気を感じる瞬間もあって、とても複雑。ロンドンで感じたことのない複雑さでした。だからこそ気になるのですが、2泊3日しか居れなかったことが悔やまれます。

    今度行ける機会があれば、ゆっくり滞在して、もう一度ベルリンとポツダムを見てまわりたい。ポツダムは冷戦時代にスパイ活動が行われていた場所だとか。あんなに穏やかな街が20年前は…と思うと、自由に行き来できる今が不思議です。

    ブログを拝見して、ベルリンの謎や、知らなかった魅力を知ることができて、とても楽しく読ませていただきました。これからの更新も楽しみにしています。

  8. mamafisher
    mamafisher at · Reply

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    はじめまして、現在ロンドン在住の者です。数日前に初めてベルリンに滞在して、ベルリン市内とポツダムをまわりました。2つの街は電車で半時間ほどの距離しか離れていないのに空気が全く違うのが不思議で…いろいろ調べているうちにこのブログにたどりつきました。

    戦後の近代的なベルリンと戦前のプロイセンの空気を感じるポツダム、壁のこっち側と向こう側、今では目に見えない時間の境界線が2つの街の間にあるんですね。
    ベルリンは明るく清潔でおしゃれ!かと思うと、暗い過去の空気を感じる瞬間もあって、とても複雑。ロンドンで感じたことのない複雑さでした。だからこそ気になるのですが、2泊3日しか居れなかったことが悔やまれます。

    今度行ける機会があれば、ゆっくり滞在して、もう一度ベルリンとポツダムを見てまわりたい。ポツダムは冷戦時代にスパイ活動が行われていた場所だとか。あんなに穏やかな街が20年前は…と思うと、自由に行き来できる今が不思議です。

    ブログを拝見して、ベルリンの謎や、知らなかった魅力を知ることができて、とても楽しく読ませていただきました。これからの更新も楽しみにしています。

  9. berlinHbf
    berlinHbf at · Reply

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    第三市民さん
    コメントありがとうございます。あの時代を直接知る方々のお話は、いつも新鮮で興味深いです。西側から見た壁は写真でたくさん見ることができますが、東側のものは少ないですよね。その威圧感がどれほどのものだったのか、保存用の壁からは想像がつきません。

    Mauerstraße、確かにあそこは昼間でも人通りが少ないです。北朝鮮の大使館も確かあの近くにありましたね・・・。

  10. berlinHbf
    berlinHbf at · Reply

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    第三市民さん
    コメントありがとうございます。あの時代を直接知る方々のお話は、いつも新鮮で興味深いです。西側から見た壁は写真でたくさん見ることができますが、東側のものは少ないですよね。その威圧感がどれほどのものだったのか、保存用の壁からは想像がつきません。

    Mauerstraße、確かにあそこは昼間でも人通りが少ないです。北朝鮮の大使館も確かあの近くにありましたね・・・。

  11. berlinHbf
    berlinHbf at · Reply

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    Kenさん
    お褒めのコメントありがとう。今頃ちょうど旅行中でしょうか。土産話を楽しみにしています。

    キートスさん
    同じ世代の者として、キートスさんからはまたゆっくりベルリンのお話を伺いたらと思っています。今後ともどうぞよろしく!

  12. berlinHbf
    berlinHbf at · Reply

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    Kenさん
    お褒めのコメントありがとう。今頃ちょうど旅行中でしょうか。土産話を楽しみにしています。

    キートスさん
    同じ世代の者として、キートスさんからはまたゆっくりベルリンのお話を伺いたらと思っています。今後ともどうぞよろしく!

  13. berlinHbf
    berlinHbf at · Reply

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    mamafisherさん
    興味をもって読んでくださり、とてもうれしく思います。
    電車で35分ほどの距離なのに、ポツダムはベルリンとまったく違う雰囲気を持つ町ですよね。どこかほっとさせてくれるところもあって、私はポツダムも大好きです。近々このブログでもちゃんと紹介したいと思っていますので、またどうぞお付き合いください。

  14. berlinHbf
    berlinHbf at · Reply

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    mamafisherさん
    興味をもって読んでくださり、とてもうれしく思います。
    電車で35分ほどの距離なのに、ポツダムはベルリンとまったく違う雰囲気を持つ町ですよね。どこかほっとさせてくれるところもあって、私はポツダムも大好きです。近々このブログでもちゃんと紹介したいと思っていますので、またどうぞお付き合いください。

  15. gramophon
    gramophon at · Reply

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    壁の中に住んだことのある者にとって、目障りなものでしたよ。永久に続く感じでしたから。
    ただ、西ドイツに比べると開放感があるのが不思議でした。

  16. gramophon
    gramophon at · Reply

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    壁の中に住んだことのある者にとって、目障りなものでしたよ。永久に続く感じでしたから。
    ただ、西ドイツに比べると開放感があるのが不思議でした。

  17. berlinHbf
    berlinHbf at · Reply

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    gramophonさん
    >ただ、西ドイツに比べると開放感があるのが不思議でした。
    これはいろいろな方がおっしゃりますね。緊張感と開放感が同居していたというのが興味深いです。

  18. berlinHbf
    berlinHbf at · Reply

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    gramophonさん
    >ただ、西ドイツに比べると開放感があるのが不思議でした。
    これはいろいろな方がおっしゃりますね。緊張感と開放感が同居していたというのが興味深いです。

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