清水陽一さんインタビュー – 北斎展への夢 –


8月26日から10月24日まで、日独交流150周年の1つのハイライトとも言うべき、北斎展(Hokusai – Retrospektive)がベルリンのマルティン・グロピウス・バウで開催される。計441作品という、海外では過去最大規模となる北斎展を約30年前から夢見て、実現に漕ぎ着けた人物がいる。ベルリン日独センターの清水陽一副事務総長その人だ。清水さんに、今回の展覧会に至るまでの経緯、そしてその見どころをたっぷり伺った。
ドイツニュースダイジェスト・独日なひと 8月19日) 
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清水 陽一 Yoichi Shimizu
ベルリン日独センター副事務総長
1943年北京生まれ。国際基督教大学(政治学)、マールブルク大学(ドイツ史)で学んだ後、1964年外務省入省。ケルン日本文化会館館長、在ミュンヘン日本国総領事などを経て2009年より現職。
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長年、日本とヨーロッパの文化交流に携わってこられた清水さんにとっても、今回の北斎展は特別思い入れが深い展覧会だそうですね。
私は、30代半ばで葛飾北斎の作品に魅せられて以来、北斎が日本のみならず世界で最も優れた画家の1人であると信じてきました。彼が生きた18世紀後半から19世紀前半にかけて、ヨーロッパのほかの画家と比較した場合、匹敵する人がいません。かろうじてゴヤが挙げられるかなというぐらい。それほどのインパクトと天才性を持っていて、70年に及ぶ画業であらゆる作風の作品を残している。
その北斎が、ドイツでは「富士山の北斎」、「漫画の北斎」としか受け止められていません。もちろん、すごい画家だと感じている人は多いと思いますが、例えば「富士山の北斎」というのは、彼が70歳を過ぎてからたった1年半ぐらいで描いた仕事です。私は、20代から90歳までの北斎の全貌をドイツ人にぜひ紹介したいと長年思っていました。
ただ、ドイツは連邦制ですから、イギリス(ロンドン)やフランス(パリ)のように大きな展覧会場がなく、潤沢な予算を持っている州も少ないんです。私の職場がケルン、日本、ミュンへンと移り変わる中、結局実現できないまま年金生活に入ったのですが、2008年秋に国際交流基金の本部からもう一度ベルリンに行ってほしいと依頼が入りました。正直、最初は乗り気ではなかったのですが、しばらく考えて、2011年が日独交流150周年だということ、そして30年来の友人であるマルティン・グロピウス・バウのジーバニッヒ館長の存在が頭に浮かび、「彼ならやってくれるかもしれない」と思いました。「よし、ベルリンで北斎展をやろう!」と決意したものの、その段階ではまだ夢ですよね。ベルリンに行くと返事をした後、日本の北斎研究の第一人者である永田生慈さんにお会いし、お力を貸していただけないかと相談しました。「私はオーガナイズと予算面の面倒を見るから、内容は永田さんに全部お任せしたい」と伝え、ご快諾いただいた次第です。2009年4月に私がベルリンに来てからは、予算の問題をクリアするのに時間が掛かりましたが、昨年6月に国際交流基金とマルティン・グロピウス・バウの関係者が集まって、開催が正式に決まりました。ただ、準備期間が1年しかなかったので、そこからがまた大変でした。これだけの規模の展覧会となると、通常は準備に4、5年掛かりますから。
まさに、清水さんの長年の思いが結実した展覧会なのですね。今回の北斎展の内容の特色は何でしょうか?
ジーバニッヒ館長と永田さんと話し合って決めたのは、すでによく知られ、それゆえ幾分手垢のついたヨーロッパのコレクションではなく、原則として日本から状態の良いものを持ってくるということです。今回出展する441点のうち、429点は日本から持って来ます。残り12点について申しますと、まず10点はベルリンのアジア美術館のコレクションです。昨年、永田さんと同美術館を訪れたところ、『北斎漫画』の初編から10編までの初版本に出会いました。何と美術館側は、それが初版本だということに気付いていなかったんです。日本でも珍しい初版本が、ベルリンにきれいそっくり残っていたという驚き。これをお借りすることができました。それから、北斎83歳の時の自画像。これはオランダ・ライデンの美術館が所蔵するもので、世界に1つしかありません。自画像というのは、ヨーロッパの人が非常に関心を持つジャンルですよね。あとは、ヨーロッパに初めて北斎を紹介したと言われるシーボルトの著書『日本』。これはボン大学からお借りします。これら12点はヨーロッパのコレクションで、残りはすべて日本からです。
清水さんからご覧になって、特に思い入れのある絵、じっくり観てほしいという作品は?
1つは、先ほど触れた83歳の自画像ですね。北斎は、「70歳までの自分の絵は取るに足りない。私は100歳まで生きて絵画の奥義を極める」と尋常ではない意気込みを持っていた人。そういう人が83歳の時にどんな顔をしていたのか、見ていただきたいです。それと並行して、北斎がやはり80歳ぐらいの時に書いた手紙が残っているのですが、そこからは彼のユーモアな人柄が偲ばれます。
富嶽三十六景 信州諏訪湖 墨田区蔵
それからやはり『富嶽三十六景』。36作品全部ではありませんが28点、私がこれはと思う絵は全部出していただいています。私が好きなのは、松の山の形が美しい「青山円座松」、礫川の雪の情景を描いた「礫川雪の旦」、桶で有名な「尾州不二見原」だとか、木が真ん中にある構図が面白い「甲州三島越」、「遠江山中」などですね。有名な「神奈川沖浪裏」など、北斎生誕の地である墨田区からお貸しいただく約50点の作品も、今回の目玉といえる素晴らしいものです。
また、これはあまり知られていませんが、滝沢馬琴の小説『鎮西八郎為朝外伝 椿説弓張月』で、北斎が挿絵を描いています。お岩さんなど、お化けの絵もあります。ほかにも、蘭学をもとに描いた骸骨の絵。カラフルな武者絵。水の表情を描いた『諸国滝廻り』。北斎自身はそれほどたくさん描いていませんが、美人画。それから、掛け軸など貴重な一点ものも。長さが7メートル近くの大きな『山水図巻』という肉筆画もあり、それに合わせて特別に展示ケースを作ってもらいました。
展示の仕方にも工夫を凝らしているそうですね。
ええ、『北斎漫画』を電子書籍のように読める「北斎漫画の部屋」を設けましたし、オーディオガイド(英語とドイツ語)にも面白い小話が盛り込まれているので、作品の理解を深めるのにご活用いただきたいです。
ほかにも、アダチ版画研究所の摺師の方がいらして「神奈川沖浪裏」の実演が行われたり(8月27、28日、9月3、4日)、永田生慈さんの講演会(8月26日)や子ども向けのプログラムなど、関連行事も充実しています。10月14、15日には、北斎とその時代に関するシンポジウムが日独センターで行われます。
本当に盛りだくさんですね。あとはオープニングを待つばかりとなりましたが、最後に読者の皆さんにメッセージをお願いします。
昨年、マルティン・グロピウス・バウで入場者数が一番多かったのがフリーダ・カーロ展(3カ月で約20万人)でしたが、今回の北斎展にジーバニッヒ館長は10万人、私は20万人入ると賭けをしているんです(笑)。私はそれだけの魅力が詰まった展覧会だと思っています。
ドイツにおける従来の北斎のイメージを打破して、18世紀後半から19世紀前半にこれだけすごい作家がいたこと、同時にその北斎を生んだ江戸という時代の面白さも存分にお見せしたいと思います。ドイツの方はもちろん、日本の皆さんにもたくさん来ていただいて、北斎を、そして日本を再発見していただきたいですね。

日独交流150周年記念 北斎展  Hokusai – Retrospektive
会期:2011年8月26日(金)〜 10月24日(月)
会場:Martin-Gropius-Bau
住所:Niederkirchnerstr.7, 10963 Berlin
開館時間:10:00〜20:00 ※火曜休館
入場料: 9ユーロ(割引6ユーロ)、
    団体(10人以上)6ユーロ、
    16歳以下無料
www.gropiusbau.de

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2 Responses

  1. TM
    TM at · Reply

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    会期が私のベルリン行きとばっちり重なっているので、余力があれば行ってみたいと思います。副事務総長さんの賭けのためにも(笑)
    本当にきれいな青ですね。自画像もおもしろそう。

  2. berlinHbf
    berlinHbf at · Reply

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    Maneknekoさん
    ご無沙汰しております。ご丁寧なコメント、ありがとうございました。オープニングの時にご挨拶できたらと思っていたのですが、いらっしゃらなかったそうですね。また何かの機会にお会いできれば幸いです。展覧会のご成功を願っています。

    TMさん
    お久しぶりです。ベルリンにいらっしゃるのですね!ひょっとしてヤナーチェクのオペラがお目当てとか?また劇場でお会いできるといいですね。

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