小学校の高学年から中学にかけて、鉄道模型に熱中していたことがあります。最初はNゲージから入ったのですが、鉄道模型の完成品は高価です。こんな高いものをしょっちゅうせがまれては困ると両親は思ったようで(笑)、ある時母が横須賀鉄道模型同好会というところに連れて行ってくれました。メンバーはほとんどが両親よりも上の年代のおじさま方で、小学生は私だけ。彼らの多くは、HOゲージやさらに大型のOゲージの模型をペーパーや真鍮から自作するのです。その素晴らしい「作品」を見ているうちに私も興味が湧いてきて、たまたま同じ町内にお住まいの夏目芳行さんという方にHOゲージの模型作りを教えていただけることになりました。
※この雑文を最初Fecebookに書いたところ、母が「社会人のクラブでしたが熱意を伝えに行ったら、『皆さんの了承を得ました』と嬉しい返事をいただき…」と反応してくれました。小学生をよく入れてくださったものと思います。1980年代当時の同好会のメンバーは昭和1桁世代の方々も多く、歯科医、博物館学芸員、郵便局長など、職業も多彩でした。夏目さんは東京の新聞社に勤めておられました。一度、この会が主催する夏の鉄道旅行(長野県の上田交通)に家族で参加させていただいたのもいい思い出です。
日曜日に夏目さんの教えを受けながらまず2両を作ってから挑んだのが、愛着のあった京浜急行の700形電車でした。小6の9月から中2の夏まで、丸2年かけてペーパーから自作したのが最初の写真です。最近私の息子が鉄道模型に興味を示すようになったこともあり、この夏久々に実家の押し入れから取り出したのですが、この年代の子どもの作品にしてはよく作ったものだといくらか感心してしまいました。パンタグラフなど一部の完成品を除いては、ほとんど紙と木の素材だけで作ったのですから。
久々に夏目さんにお会いしたくなり、日本滞在の最後の頃にご自宅を思い切って訪ねてみました。電話番号はもう手元になかったので、アポなしの訪問です。夏目さんは92歳になられ、数年前に患った病気の後遺症もあるようですが、それ以外は比較的お元気そうだったので安心しました。この700形電車をお見せしたら、「35年ぶりに見せてくれるなんて嬉しいなあ」と目を細めていらっしゃいました。そう、この模型が完成したのは昭和から平成に元号が変わり、ベルリンの壁が崩壊した1989年なので、もうそんなに月日が流れたのかと唖然。そして、こんなことをおっしゃいました。「僕はあの頃あなたに厳しくしすぎたかなと少し後悔していたのですよ。いいところをもっと褒めて、のびのびやらせてあげたら良かったのにね」と。私からすると厳しくされた感覚などまったく抱いていなかったので、驚きました。むしろ、コツコツ丁寧に正確にものを作るという、あらゆるモノ作りに通じる基本を教えていただいたように思います。夏目さん、これからもどうぞお元気で!