外林秀人さんインタビュー(2) -なぜ被爆体験を封印してきたか-

外林さんはヒロシマの被爆者である。16歳の時、広島高等師範学校の化学の授業中に爆風を受けた。爆心地から南にわずか1.7 キロの距離だった。奇跡的に生き延びたものの、原爆で母親、そして多くの親戚や知人を亡くしている。この体験を、外林さんは数年前まで公にすることはなかった。半世紀以上もの間、被爆体験を胸の奥に秘めてきた背景は何だったのだろうか。
「見ません、聞きません、しゃべりません」という猿のことわざではないですが、言い出すと思い出すし、思い出すと嫌になる。別にそれで何か得があるわけでもない。もちろん原爆について何かを伝えなければという思いはあります。ただ、被爆者ということで疎外される現実があるのです。例えば、今回のヒロシマ広場の原爆記念碑に広島と長崎からの被爆石が埋め込まれましたが、「被爆した石というと、ドイツ人が嫌がるからあえて書かない方が良いのではないか」という反応がありました。冗談ではないと。被爆者の悲劇が疎外されている。「触らない方が良いだろう。何が起こるかわからないから」ということですが、こういったことは被爆者に対しても当てはまります。科学的には全く意味のないことですが、かといって科学的には意味がないと言って削るわけにもいかないんです。実際わからないですから。被爆した人に何らかの影響が出るのは、10年後なのか20 年後なのか、あるいは次の世代なのか。恐いのはそこです。原爆というのは実験なんです。そして、その実験はまだ完了していない。
例えば、私の弟に息子と娘がいるのですが、「縁談に影響するから、(被爆のことは)あまり大っぴらに話さないでほしい」と言われたことがあります。エイズのように、いろいろな噂が流れ、それが疎外につながっていく。また、私は亡くなった母の慰霊を広島の国立の記念碑に登録したかったのですが、それも「ちょっと待ってほしい」と周りから止められました。自分の親族が原爆の被害者だということを知られるのを嫌がるのですね。被爆者への疎外というのは、広島の中でも外でも、いまだに根強くあるんです。そういうことがあるから私も口を控えて、人が嫌がることを敢えてやる必要もないだろうと思っていました。
ホテル・ヒルトン内のカフェで2時間にわたり、ご自身の体験をお話ししてくれた外林博士
転機は2006年に訪れた。愛知万博の最終日に、『ドイツの原子力物語』(総合工学出版社)の共著者である科学者の外山茂樹氏、そして仁科浩二郎氏に後押しされ、3人で講演会を名古屋で行った。日本で被爆体験を語った最初の機会だったという。
反響は大きく、同じことをドイツでもやったらどうかということになったんです。特にその後押しをしたのが、私の妹でした。終戦の年、当時10歳以下だった妹は広島の郊外に強制疎開しており、母がその様子を定期的に見に行っていました。子どもたちにとっては母親と一緒に寝るのが楽しみだったのですね。8月の初頭、恋しがる妹の希望で、母は滞在を少し延ばしました。ところが、そのために、8月6日が勤労奉仕(空襲の際、火の回りを遅らせるために、建物を壊して道路を拡張する作業。町内ごとに分担が決まっていた)の分担の日に当たってしまった・・・・・・。もし母がそのまま帰って、前の日に勤労奉仕をしていたら、助かっていたかもしれない。妹はそのことに対して責任を感じていて、原爆の反対運動に対して熱心でした。それだけに、私が名古屋で話したことも喜んでくれて、「お兄さん、しっかりね」とドイツでの講演も応援してくれたのです。
2007年にベルリンの日独センターで講演を行って以来、ドイツはもちろん、ヨーロッパの諸都市で原爆の体験を語り続けてきた。そこで集まった募金は、記念碑設立の資金に回された。現地の人々の反応はどうだったのだろうか。
反応はとても良いです。私が原爆を受けた時と同じ、15、6歳ぐらいの若い皆さんの前で話す機会もありますが、後でいただいた手紙を読むと、アメリカを憎むとか、責任者は誰々だとか、そういうことではなくて、「人間が、こんなことをして良いのですか?」という純真な反応を示してくれます。
被爆した広島電鉄の路面電車の敷石と、長崎市の山王神社境内の石が埋め込まれている原爆記念碑
今回のポツダムの原爆記念碑に関して、現地在住のアメリカ人による投稿が地元紙に掲載された。「この記念碑を作ることによって日本人は被害者の立場に立ち、戦争責任から目を反らそうとしている」という趣旨の投稿に対して紙面上で議論が交わされ、ちょっとした話題となった。
広島と長崎に原爆が落とされて、被害を受けたのはもちろん日本人です。でも私は、原爆というのは神が人類全体に対して行った行為だと思っています。私がいろいろ意見を言っているのも、日本人としてではなく、こういう悲劇は二度と人類に起きてはいけないという意味で、多くの人間の1人としてお話ししています。核の危険性が増す中で、ボタン1つ押せば原子爆弾は飛ぶんですから。すると、相手も自動的にボタンを押すでしょう。それによって人類は滅亡するんです。最後なんです。人類全体の問題として私は話をしているのに、議論の程度が低くなると、誰々が殺した、だからこちらも誰々を殺した、ということになってしまう。原爆の悲劇はわれわれだけでいい。その望みをこれからの人々に託したいという思いから、私は今いろいろな場所でお話ししているのです。
(つづく)

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8 Responses

  1. MadameEarlGray
    MadameEarlGray at · Reply

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    お久しぶりです。
    外林先生のインタビュー、とても興味深く読ませて頂いてます。
    残りの回が楽しみです。
    そして弟さんの自転車の旅、無事完走できてよかったですね!
    ベルリンの皆さんの格好はすっかり秋の装いでしたが、東京はまだまだ日中はエアコンを入れたりしています。今年の夏は、あまりの猛暑に「蚊」もなりを潜めていたようで、今頃になって大量発生しているとのこと。確かに窓を開け放つと、私のオフィスにも蚊がどんどん入ってきてしまい、あわてて窓を閉めてエアコンのスイッチ・オン!という毎日です。

    風邪など召しませぬよう、ご自愛くださいませ。

  2. ありちゅん
    ありちゅん at · Reply

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    はじめまして。ドイツ語の翻訳を生業にしているありちゅんと申します。前からよくお邪魔しておりまして、毎回記事を楽しみに拝読しておりました。いつも本当にありがとうございます。外林博士のインタビューに衝撃を受けました。おっしゃることがとても深いですし、心にずっしり響きます。被爆という、とても辛い体験をずっと心にしまっておられたんですね。そしてある時からお話をなさるようになったとのこと。私のような者が軽々しく口にしては申し訳なく思いますが、インタビューの内容に大変な重みを感じました。高校で平和学習のレポートを書いている娘にも早速、この記事を読ませようと思います。貴重なお話をブログに書いてくださり、心より御礼申し上げます。これからドイツは寒くなると思いますが、どうぞご自愛くださいませ。

  3. きゅー
    きゅー at · Reply

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    興味深く読ませて頂きました!
    ありがとうございました。

  4. linden
    linden at · Reply

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    こんばんは。

    日本が戦争責任から目をそらしているのは事実ですが、アメリカが原爆を落としたことを未だに正当化していて、その責任から逃げているのも事実です。そしてドイツ人が被爆した石をさわるのを嫌がるというのもわかります。国民性というか、はっきり意思を表示しますよね。

    被爆された方の苦しみは底知れぬものがあると思います。修学旅行の際に広島で被爆者の方から聞いた話を忘れることができず、その後、学校で原爆についてのスライド展示に関わったことを思い出します。大人になって訪れた広島の記念館での特別展示も忘れられません。

    事実を事実として認めて、それを繰り返さないようにしようとする姿勢がアメリカにも日本にも欠けていると、ドイツで繰り返し放送される様々なナチスについてのドキュメンタリー、ドラマを見るたびに思います。その欠如した教育では知りえない本当の歴史を被爆者の方が語り継ぐことは、後世にとってとても貴重な本当の教育だと思います。

  5. berlinHbf
    berlinHbf at · Reply

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    MadameEarlGrayさん
    ご感想ありがとうございます。こちらはもうすっかり寒くなり、あと2週間で夏時間も終わりです。今年の冬は一段と寒くなるようで、今から先が思いやられます。

    ありちゃんさん
    ご丁寧にありがとうございます。このインタビューにとても深く感じ入ってくださったようで、がんばってまとめた甲斐がありました。被爆者の方に直接お話を聞くのは初めてで、私にとってもこの上なく貴重な学習機会となりました。外林先生の原爆の体験は、
    http://www.hiroshima-platz-potsdam.de/jp/zeitzeugenberichte/sotobayashijp.htm
    でお読みになれます。よかったら娘さんにもお伝えくださいね。

  6. berlinHbf
    berlinHbf at · Reply

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    きゅーさん
    ありがとうございます。

    lindenさん
    ご指摘をありがとうございます。外林先生は「自分の被爆の体験はあれ(上記のHP)に書いてあることが全て」とそれ以上は語ってくださいませんでした。別のインタビューでは、「いまでもふとあの日の記憶が蘇って寝られなくなる時がある」とおっしゃっています。本当にどれだけ苦しい思いを抱えてこられたのだろうかと思います。今月末、ベルリンの高校で再び講演をされるようなので、聞きに行こうと思っています。

  7. fachwerkstrasse
    fachwerkstrasse at · Reply

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    前にもよそで書かせて頂きましたが(あれはいずれブログで公式に出したいと思っています)外林さんの言葉はまさに我が意を得たりです。日本が核兵器廃絶の願いを唱えているのは、アメリカの戦争犯罪の糾弾ではなく、当事者の日米間だけ問題でもなく、人類全てに対する警鐘なのです。残念ながら、まだまだこうした「戦略」や「戦争史」の文脈で受け止められ、議論がかみ合わないことが多いですが、被害者である日本人が感傷的被害者意識で訴えているのではないことを理解してもらい、同時に平和教育を受ける我々にも、この点を意識化することが求められています(僕自身、この点はかなり曖昧なまま来てしまっていた気がするので)
    また同時に常に冷静かつ現実的な対処も必要でしょう。先日のオバマ大統領に対する批判も、やはりいきなり核兵器を全廃するわけにもいかないのですから、現況を見据えて段階的に目標に向かっていくしかないと思います。もしアメリカが核兵器の管理を今突然やめたら、かえって大変なことになるわけですから。僕は去年のノーベル平和賞と今年の実験は矛盾していないと思います。
    貴重なインタビューをありがとうございました!

  8. berlinHbf
    berlinHbf at · Reply

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    fachwerkstrasseさん
    ご意見ありがとうございます。外林先生にインタビューさせていただいた8月半ば、日本でアメリカへの原爆の謝罪要求に関する議論が渦巻いていたので、このことについてどう思うか伺ってみるつもりでした。でも、先生の考えはすでにこのインタビューの中に示されていると思います。別の機会では、「講演会に年配のお客さんが多いと、話がどうしても感情的な戦争責任の話に移ってしまうことがある。僕は歴史の専門家ではないので、そうなると、もうどうしようもない。逆に10代の若い人の前で話す時の方が、純粋に『人類の問題として』聞いてくれる」というようなことをおっしゃっていました。これも重要な示唆だと思います。

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