コリーンの修道院を訪ねて(2)

ベルリン中央駅から電車で40分、さらにChorinの駅から山を越えてたどり着いた中世のシトー修道院。実際はそれほどの距離ではないにせよ、ベルリンからはるばるやって来たという気持ちを強く起こさせてくれる場所だった。こちらが西側のファサード。北ドイツ特有の堂々たるレンガ造りゴシック様式だ。
修道院付属の教会を東側から眺めるとこんな感じ。インフォメーションで入手した案内書には、修道院の歴史がこんな風に説明されていた。1258年、アスカーニエン家の辺境伯ヨハヒム1世とオットー3世は、今のポツダムの南にあるレーニン修道院に対して、Parteinseeという湖に浮かぶ島にマリーエンゼーという姉妹修道院を建てる基金を出した。15年後、マリーエンゼー修道院は現在のコリーンに移動。レーニン修道院の土台をモデルに、ゴシック様式の新しいシトー会修道院が造られた。完成したのは1300年頃。つまり、ベルリンが都市としての産声を上げたばかりの時代ということになる。
宗教改革後の1542年、修道院は世俗化。その後は農業施設として利用されたそうだ。30年戦争で一部が焼け、建物は徐々に朽ちてゆく。だが、19世紀、シンケルや文豪フォンターネの時代になってこの廃墟の修道院に再び光が当てられた。ドイツの国民意識が高まり、また廃墟に美を見出す時代の風潮に適ったためだろう。コリーン修道院跡は国民記念碑に指定され、プロイセン王家によって修復が進められていった。
これはかつての水車小屋の跡だという。確かにここでは至るところで、絵画的な美しさに出会うことができる。
(つづく)

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