9年ぶりのバイロイト訪問(1)- 田舎生活を体験! –

Bayreuther Festspielhaus
「8月3日の《タンホイザー》を聴きにバイロイトまで来る気はある?私のところに泊まってくれて構わないし、バイロイトには義妹もいるわ」
7月の初旬だったか、知人のメヒティルトさんからこんな電話をいただいた。
メヒティルトさんは、私がベルリンに来た当初に知り合い、以来何かとお世話になっているドイツ人のご夫人。2007年に生粋のベルリンっ子の彼女とのロングインタビューをこのブログに掲載したことがある。
彼女は13歳(!)のとき以来、かれこれ半世紀近くバイロイト音楽祭友の会の会員というヴァグネリアンでもある。私が2003年に初めてバイロイト音楽祭を経験できたのも、彼女あってのことだったが、早いものであれからもう9年の月日が経っている。この上なくありがたい申し出を断る理由はもちろん何もなく、妻と出かけることになった。
関連記事:
バイロイト談義(上) – メヒティルトさんに聞く(2) – (2007-03)
バイロイト談義(中) – メヒティルトさんに聞く(3) –
バイロイト談義(下) – メヒティルトさんに聞く(4) –
8月1日朝、ベルリンのバスターミナルからミュンヘン行きのバス「バイエルン・エキスプレス」に乗り、約4時間後、バイエルン州北部の町ホーフに到着。バス停までメヒティルトさんが車で迎えに来てくれた。彼女の夏の別荘は、ここからさらに車で30分近く行ったところにある。数日ぶりというほぼ快晴の天気。ゆるやかな丘陵をいくつも乗り越えて進むと、突如前方に、小高い山の頂きに白い球体が乗っかっている光景が目に入った。冷戦時代のアメリカのレーダーの跡だそうだ。この地域は旧東独のチューリンゲン州と境を接しているので、ここから東側の情報をキャッチしていたのだろう。私は、ベルリンのトイフェルスベルクの山頂に、同様に残るレーダーを思い出した。メヒティルトさんがこんな話をしてくれた。「1960年代に、別荘の物件をいくつか見て回ったとき、私の父が『ここからの眺めは(トイフェルスベルクに近い自宅のある)ライヒ通りに似ているね。よし、ここに別荘を買おう!』と言って、ほとんどその一言で、この場所に決まったのよ(笑)」
ヘルムブレヒツという町の郊外にあるメヒティルトさん一家の別荘には、2003年に私は一度訪れている。静かな農村で、周りの風景はあのときと何も変わっていない。私たちはここで2日間ほど、ドイツの田舎生活を経験することになった。
後ろに見えるメヒティルトさんの家は、携帯の電波さえも届かないが、この丘の上まで来るとかろうじてネットにつながった。ここぞとばかり、必要最低限メールだけ大急ぎで送る。
家のお庭。天気がよかったので、朝食と昼食はここでいただいた。ご主人のルートヴィヒさん(左)は今春で大学教員としての任を終えられたが、孫のやんちゃなミロン君の相手で結構忙しそうでした。
ご馳走になった手作りのプラムとリンゴのケーキ。おいしい空気の中でのカフェタイムは格別!
スーパーに買いものに行くにも、車がないと非常に不便な農村。そんな中、2週間に一度、バーバラさんという女性が、赤いワゴンに乗ってこの辺りに野菜や果物を売りに来てくれる。メヒティルトさんとは10年以上前からの顔なじみとか。
翌日は、30キロほど離れたクルムバッハ(Kulmbach)へ遠足に。山の上のプラッセンブルク城からの眺め。ここ数ヶ月、ハンザ都市の連載で、北ドイツの町を歩く機会が多かっただけに、地形、人々の気質、住居の建築、何もかもが異なる南ドイツの街歩きは新鮮でした。クルムバッハは古くからビール醸造で有名な町。右の方に見える煙突は、ビール工場のようです。
(つづく)

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